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現実認識に欠ける日本移植・再生医療看護学会理事・編集委員の文章

 投稿者:もりけん  投稿日:2009年10月18日(日)09時13分53秒
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   10月14日(水)23時11分30秒 に投稿した日本移植・再生医療看護学会誌5巻1号の巻頭言を読んだ感想を書きます。日本移植・再生医療看護学会誌の全体としては、具体的に臓器移植時のドナー、レシピエントへの対応を検討した論文等は、他の学会誌に発表された文章よりも詳細な検討が加えられており優れていると思ったものの、この巻頭言だけは現実離れしていると思ったため紹介した次第です。



1、臓器摘出は草創期から「脳死」前提だった

 巻頭言は、今回の臓器移植法の改訂で小児「脳死」臓器ドナーが発生すると見込んでいる。しかし1969年の第2回腎移植臨床検討会http://www6.plala.or.jp/brainx/1969.htm#19690717 で弘前大の山本が子どもを凍死させて殺して臓器を摘出したこと、千葉大の尾越が三徴候死の死亡宣告後に心臓マッサージを行い、人工呼吸器を続け、麻酔器もつけて手術室に運び込んだことを発表したように、「死体」臓器の摘出・移植は、最初から「脳死は人の死」を前提として行われてきた。

 弘前大の山本実らが子どもを凍死させたごとく、あるいは福島県立医科大の本多らhttp://www6.plala.or.jp/brainx/pediatric_harvest.htm#1978 が患者のベッド下に人工心肺装置を隠して患者が生存中に冷却を開始したごとく、医者が人を殺して臓器を取ってきた。

 神戸大学医学部附属病院の鶴田 早苗副院長・看護部長も、「綜合看護」39巻第4号p47〜p50(2004年)において、「筆者は以前勤めていた大学病院で20年前も死亡後の死体臓器移植(主に腎臓移植)にかかわっていました(集中治療室、手術室において)。もちろん「脳死による臓器移植」法のできるずっと前のことです。この時、ドナー側の治療に当たる救急医や脳外科医とレシピエント側の移植医の考え方の違いや移植の進め方に倫理的な問題を感じていました。今は現場の細かなことに直接関与はしていませんが、伝わってくる臨床現場の話のなかで“根本的に今も変わっていないなあ”と思うことがあります。・・・(中略)・・・脳死移植医療においては、例外はあっても、移植医にとっては実績を積んでいくことは重要であるし、一方で脳死判定を受けるドナー側は納得のいく尊厳死のプロセスをとりたいと考えます。移植医にとっては移植できる可能性があれば、脳死判定前からその準備(循環動態のコントロール等)をしていくのは常識であり、そうしなければ成功しません。数日前から情報は飛び交います。しかし表向きはプロトコールにそった移植の流れで進められます。ドナーやレシピエントの家族は、当然このような舞台裏は知る由もありません」と内部告発している。

 医者が人を殺して臓器を獲得していることに、その直近にいた看護師も黙認してきたのではないか。

 編集後記でも、学術集会プログラム編集委員が「臓器移植法の改正により脳死は人の死と法律で位置づけられたことは、移植医療に携わる医療者としてこれまで以上に身の引き締まる思いがいたします」と書いている。臓器移植にかかわる看護関係学会の理事であれば、昔から「脳死」臓器摘出の実態に認識があって当然と思うのだが、今回の巻頭言、編集後記には?



2、小児「脳死」ドナーは滅多に発生しない

 日本臓器移植ネットワークが「小児の腎臓移植に関する詳細データ(16歳未満 2008年12月末現在)」http://www.jotnw.or.jp/datafile/offer/pdf/syouni.pdf で示しているように、日本人の脳死認識が改まったと見込まれる1999年以降2008年末までの小児「心停止」腎臓ドナーは16例にとどまる。
 現在でも「脳死」臓器提供施設は、「心停止」臓器提供施設のおよそ半数に限定されている。小児虐待対策ができる施設はさらに限定される。脳死判定の厳格化なども加われば、1年間に1例の小児「脳死」臓器ドナーが発生するか否か、という見通しを持つべきだ(私は脳死判定は廃止すべきと主張しますが)。

 日本移植・再生医療看護学会の関係者は、ほとんどは直接、臓器不全患者(レシピエント候補者)とその家族、そしてドナー候補者・家族に接する看護師でしょう。それならば、目前の臓器不全患者をどのようにしたら延命、救命できるのか、真剣に考えるだろうと思うのですが、巻頭言はそうではない。
 なぜ年間1例発生するか否かという、極めて少数の発生しか見込めない臓器移植に、過大すぎる期待をかけるのか。改悪された臓器移植法が施行されても「死体」小児ドナーが滅多に発生しないことに気づいてから、慌てふためくのか。
 昔から臓器移植に頼らない外科的・内科的治療法を研究する、普及するしかないはずなのです。目の前の病気に苦しんでいる患者に対して、滅多に手の入らない材料を当てにして、倫理的な問題が多い医療の実行を空想しているのが、日本移植・再生医療看護学会のように巻頭言からは想像してしまう。

 およそ医療者ならば患者の利益を考えるはずと思うのですが、こと移植にこだわる医療関係者に限っては、臓器・組織の摘出・移植そのものが自己目的化しているように見えます。



3、誤りのない医療ができない場合の自己規制の無さについて

 巻頭言は「国民やマスコミが私たちに向けるまなざしからは、医療職が『神の如く』患者の予後や背景を見透かし、決して誤りのない医療が提供されることを期待しているかのような印象を持ち、率直なところ違和感があった」と書いている。
 この部分は脳死判定が絶対ではないことについての言及かと想像するが、患者の予後が神のごとく見透かせないのであれば、その「曖昧な予後の推測で死亡宣告は行わない」と決断するのが、神ではない人間が採用すべき対策でしょう。決して誤りのない医療は提供できないにしても、誤りによる被害を局限する工夫をしてもらいたいものです。違和感を感じることで終わっては、どうしようもない。

 実際に脳死判定後に長期間心停止を起こさない小児患者が多数いることhttp://www6.plala.or.jp/brainx/recovery3_15.htm は予後判定の誤りを示し、さらには脳波や自発呼吸が復活した小児患者http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery3_15.htm#lazarus までいる。無呼吸テストを2回行った脳死判定例も復活していることは、脳死臓器摘出は生体解剖の危険性をはらむことも示す。軽症患者も含めて、脳死と判定している現状に認識がない。

 生命現象が自然に終止するはるか前に死亡宣告を行うことに加えて、その死亡宣告直後から臓器を摘出するなどを行うことからして「神の如」き行動である。


以上
 
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