|
|
国会での臓器移植法改正の議論で明らかになったのは、
移植医や移植患者団体や移植推進派議員は、
「脳死は死だ」
と言い、移植に慎重だったり反対だったりする人は、
「脳死は死ではない」
と言うのに加えて、移植医よりは移植について中立的であると思われる、
救急医や小児科医の場合は、
「脳死は死だ」
「脳死は死ではない」
「脳死は……」
まあ、いろいろあるということだと思います。
つまり、移植についての利害関係によって、
脳死は死だ、と考えることが、脳死を「理解する」ことだという考え方について、
濃淡があるという事実が、明らかになったのです。
移植医や移植患者団体が、脳死は死だ、とより強く主張すればするほど、
それは、移植したいからだろ、という思いを、強く持ってしまう人が、
たくさんいたと思います。
長期脳死はほんとうの脳死ではない、という主張を強くすればするほど、
それもまた、移植をしたいからだろ、という感想を強く持ってしまいます。
それはジレンマ、パラドックスではないでしょうか。
しかし、脳死は死ではないとしても、脳死で移植してもいいし、
尊厳死してもいいんだよ、という人も、たくさんいるんです。
だから、移植医や移植患者団体は、脳死は死ではないけれど、
移植のために臓器提供してください、と主張したほうが、
むしろ、誠実だと受け取られて、パラドックスもジレンマも解決すると思います。
|
|