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インターネットで本日の毎日新聞記事「ドナーは増えるか:改正臓器移植法の課題/1(その1)」http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091103ddm001040009000c.html を読むことができますが、新聞の現物を読んで驚いたことに、1面のトップに掲載されています。私が驚いたのは、先行して取材した読売新聞記者の情報を生かしていないこと、そして「なぜ?」という新聞記事に求められる基本的な項目が書かれていないことです。
ドナーファミリー河原克彦氏の個別事情について、記者は「なぜ?」と問わなかったのか?
この記事は、1997年の「心停止」ドナーファミリーの河原克彦氏への取材記事から始まっています。河原氏にとって13回忌を迎えてなお、迷いが続くことは記載しているものの、なぜ迷いが続くのかについて書いていない。
なぜ迷いが続くのか?個別のドナーファミリーの心情を取材しないで、単に表面的に「迷っているドナーファミリーがいる」と紹介してもいいのか?
ドナー家族の心情は多様
日本臓器移植ネットワークによる「心停止後腎臓提供のドナー家族の思いの分析」
(要旨はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/2004-9.htm#20040910B )は、145家族への郵送アンケート調査で返送したのは91家族。約8割が提供してよかったと思っている。
私は、アンケートに回答しなかったドナー家族に、臓器提供を後悔している人々が多いことも想定しなければと思いますが、回答者の範囲では「心停止後」臓器提供について後悔している家族は少数派になる。
では、どうして河原克彦氏は迷うのか、その個別の理由を聞いて記事に書かないと、この毎日新聞の記事は「少数派の心情を針小棒大に書いた」と日本臓器移植ネットワークからも反論が出るでしょう。
一方、法的脳死臓器提供例では、後悔しているドナー家族の多いことが推測できます。7月16日付の週刊文春に、柳田邦男氏の“緊急提言「臓器移植法改正」を問う”が載っていますが、ドナー家族の心情把握等作業班が25家族に手紙を出して面接協力を依頼したところ、応じたのは9家族。面接に応じなかった16家族のうち10家族は「臓器提供に満足しており、過去のことと思っている」人も、「思い出したくない」「話したくない」という人もいる。4家族は無回答、2家族は、臓器移植ネットワークからの連絡そのものを強く断った。面接に応じた9家族は、臓器提供を誇りに思う家族がいる一方で、PTSDになった人もおり多様です。
ドナー家族の心情は、臓器提供だけでなく、個別の全体の事情が反映される
なぜ、「心停止」臓器提供と法的脳死臓器提供例では、ドナー家族の心情が大きく異なるのか?私の憶測ですが、法的脳死臓器提供では自殺ドナーが多いからではないかと思っています(生前意志表示方式の負の側面?)。臓器摘出時に麻酔が必要なことhttp://www6.plala.or.jp/brainx/anesthesia.htm も、生体解剖と認識をさせるでしょう。
いずれにしてもドナー家族の心情は、単純に臓器提供行為だけによって、後悔するか、満足するかに分かれるのではなくて、家族とドナーとのかかわり、家族の歴史から、そしてドナーが重症脳不全になり臓器提供を終えた後までの経過の全体によって、それぞれの心情が生成されるでしょう。
河原克彦氏は「臓器提供に同意後の処置」に疑念を持っている
「心停止」ドナー家族の河原克彦氏については、読売新聞の山田博文氏が「黄色い羽根」ひろがれ―移植希望者たちの挑戦(健友館・2003年)に書いているとおり、臓器提供に同意した後の処置に疑念を持っていることが、迷いが続く最大の理由ではないでしょうか?
読売新聞の山田氏の文章の該当部分はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/pediatric_harvest.htm#1998
これも推測ですが、毎日新聞の取材記者は、このことも聞いている。しかし、記事にしなかった。「なぜ?」を欠落させた無理な記事作りが、異様な1面トップ記事を生んだのではないか?
以上
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