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阪大病院における心肺蘇生断念患者に対する心臓マッサージ人体実験、清水論文への疑問

 投稿者:もりけん  投稿日:2009年 9月20日(日)14時40分52秒
   最近の研究は倫理面への配慮が強まり、看護分野の論文でも倫理面への配慮や所属施設の倫理委員会の承認を受けた旨が記載されています(重大な問題は生じそうにないと思われる内容でも長々と倫理事項が書く必要があるか、と思う論文もあるほど)。
 ところが倫理面への配慮について一切記載がない、しかも心肺蘇生処置に反応しなかった患者を対象に行った研究が、日本脳死・脳蘇生学会機関誌「脳死・脳蘇生」21巻2号(2009年6月4日発行)p63〜p66に、「CTを用いた心肺蘇生時の胸骨圧迫による臓器血流に関する検討」のタイトルで掲載されていました。

 著者は大阪大学医学部附属病院高度救命救急センターの清水健太郎、小倉 裕司、中堀 泰賢、早川 航一、吉矢 和久、鵜飼 勲、池側 均、田崎 修、塩崎 忠彦、鍬方 安行、杉本 壽、そして社会保険中京病院救急科の松嶋 麻子(敬称略)

 以下に論文の「背景」と「方法」は原文のまま、「結果」には症例提示の5行を抄録の前に追加し、「結論」は抄録を示します。その後に私の意見を書きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
背景
 1960年にKouwenhovenらによって胸骨圧迫式心臓マッサージ(以下,胸骨圧迫と省略)が考案され,医療従事者のみならず一般市民へも普及し心停止の蘇生率は向上した。しかしながら,自己心拍が再開した症例であっても,蘇生後脳症のみならず激しい下痢,下血,門脈ガス等の腹部臓器合併症がしばしば見られる。腸管を主体としたこれらの合併症は,心肺蘇生時に生じる腹部臓器の虚血が一因と考えられ,腸管バリアの破綻から菌血症に至るケースも報告されている。
 現行の胸骨圧迫による血行動態に関する臨床的知見は乏しく,特に腹部臓器血流,頚部血管血流の評価はほとんどされていない。今回,我々は,造影CT検査を用いて胸骨圧迫時の腹部臓器血流および頸部血管血流を評価したので報告する。

方法
 心肺蘇生終了時に患者家族へCT施行の主旨を説明し,承諾が得られた院外心肺停止患者4例に対して造影CT検査を実施した。4例の平均年齢は68.0±12.3歳,性別は男性3人,女性1人であった。300mg/mlの造影剤イオパミドール注射液(イオパミロン100)100mlを大腿静脈より投与して胸骨圧迫を100回施行した後に頭部,胸部,腹部CT検査を施行した。同様に200回の胸骨圧迫後にもCT検査を施行した。造影CT検査では,腎静脈,腎動脈,肝静脈,門脈,右心房,上行大動脈,上腸間膜動脈,右内頸静脈,右総頚動脈の9箇所における血管内のCT値を計測した。

結果
 61歳男性の症例を提示する。建築現場で倒れているところを発見され当院へ搬送された。当院到着後、心肺蘇生術を継続するも心拍再開は得られなかった。家族に同意を得た上で造影CT検査を施行した。胸骨圧迫100回後のCT値は・・・
 (以上5行は原文より、以下は抄録のまま)
 いずれの症例においても胸骨圧迫100回後の造影CT検査では,下大静脈が上行大動脈や他の動脈と比較して強く造影された。門脈が強く造影されている症例も一例存在した。また,内頸静脈は,総頸動脈よりも強く造影された。

結論
 心肺蘇生時には,胸骨圧迫による静脈系(上大静脈,門脈,内頸静脈)への著明な逆行性血流が存在した。蘇生時の逆行性血流と蘇生後に見られる合併症との関連性に関しては今後の検討を要する。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 以下は再び引用者=私の意見です。

1、死亡宣告後?の生体実験
  この論文には、院外心肺停止患者4例に対して死亡宣告が行われたのか否かも記載されていない。
  心肺蘇生が断念せざるをえない患者が発生し、その後に死亡宣告が行われたとしても、その患者の肉体を使った研究がどこまで許されるのか?
  誰がみても回復不可能と思われる状態に至った人体であっても、胸骨圧迫などにより血流を再開するのならば、部分的に機能を回復する可能性がある。
  新潟大学の動物実験では、脳血流を完全に遮断し一時間後に血流を再開したところ、五五%から六分後に脳神経細胞の活動を測定した(最新医学35巻6号p1174−p1180、1980年)。
  蘇生不可能として死亡宣告を行い、その蘇生断念の判断が了解されるとしても、血流再開により三徴候死の状態ではなくなるため生体実験になるのではないか?


2、患者家族への説明と承諾は、正しく行われたのか?
  生体実験になる可能性があるならば、患者の家族は承諾しない。大阪大学医学部附属病院高度救命救急センターは、患者に行う予定の行為を正しく説明したのか。患者家族は「死後の単なるCT撮影」とのみ理解して承諾したのではないか。


3、この胸骨圧迫実験を行われた患者の死亡に至る経過、死亡宣告時刻と実験開始時刻は?



4、大阪大学の倫理委員会の承諾は得た実験か?
 この研究は生体実験になりうる要素があるが、大阪大学内の倫理委員会の承諾は得たのか。得たのならば、倫理委員会は「死亡宣告を曖昧にする行為であること」「生体実験の倫理性・危険性」「研究の必然性」について、どのように評価したのか。
 この清水論文は、豚の心肺停止モデルを使った以下の2文献を紹介している。
Resuscitation. 2008 May;77(2):229-234掲載のCerebral cortical microvascular flow during and following cardiopulmonary resuscitation after short duration of cardiac arrest.抄録は
http://www.resuscitationjournal.com/article/S0300-9572(08)00007-5/abstract
Resuscitation. 2003 Nov;59(2):255-260掲載のBrain metabolism during cardiopulmonary resuscitation assessed with microdialysis.抄録は
http://www.resuscitationjournal.com/article/S0300-9572(03)00211-9/abstract

  先行する動物実験があり、清水論文は人体で追試し、動物実験の結果を人体で証明したように思えるが、それならば人体実験の必然性・不可欠性はあったのか?


5、論文審査の?
  倫理面に配慮がない論文の掲載は、以後も同様の研究を容認したことと同じになる。杉本 壽氏は、同学会ほか複数の学会の理事ではないか。


以上
 

脳死臓器移植関係記事

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 9月16日(水)07時44分37秒
  http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090916AT1G1502M15092009.html

臓器移植の優先提供、親子と配偶者に限定 厚労省方針

 厚生労働省は15日、臓器移植法改正で新たに可能となる優先的に臓器提供できる親族の範囲について「親子と配偶者」に限定する方針を固めた。法改正後初めて開催した同省の臓器移植委員会で合意した。養子や事実婚の場合を含めるかなど詳細は作業班で詰め、同委員会で判断する。優先提供は来年1月に施行するため、11月中旬には同省案を公表する予定。

 優先提供できる親族の範囲は、改正案を提出した国会議員が答弁した範囲を尊重した。来年7月からは15歳未満の小児も家族の承諾で臓器提供が可能となるが、同省は「現行法と同様、15歳未満の意思表示は法的に有効でない」として、小児やその家族の判断による親族への優先提供は認めない方針。(07:00)


http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090904AT1G0302R03092009.html

脳死移植、半年ゼロ 法改正論議で家族に不安?

 今年3月以降、脳死移植が1件も行われていない。6カ月連続ゼロは、過去最長の8カ月に次ぐ長さだ。7月に改正された臓器移植法を巡る議論で、脳死に対して提供者側の誤解や医療機関の萎縮を招いたと指摘する声もある。このままでは来年7月に改正法が完全施行されても、脳死移植が増えない恐れがあり、厚生労働省は「脳死移植の理解を深めたい」としている。

 日本臓器移植ネットワーク(東京・港)の担当者は今年4月以降、臓器移植法改正を巡る議論が活発化したことが影響していると指摘する。議論では脳死と判定されても1カ月以上心臓が動き続ける「長期脳死」なども紹介された。「長期脳死」で回復したケースはないが、「家族が脳死移植に同意しにくくなっているのでは」と危惧する。(07:00)


http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090904AT1G0303E03092009.html

臓器移植、待機患者1万2000人 移植できず死亡も

 移植を希望して日本臓器移植ネットワークに登録している患者は7月末時点で1万2千人超。最も多いのは腎臓の1万1538人で、脳死移植でしか提供されない心臓の待機患者も144人に上る。渡航移植の受け入れ先も減る中、国内で脳死移植が半年間ゼロが続き、待機中に亡くなる患者は後を絶たない。

 増加が目立つのは親族などから提供を受ける生体移植だ。腎臓は脳死だけでなく、心停止後の移植でも年間百数十件と横ばいだが、生体移植は07年に1千件を突破し、10年前から倍増した。(07:00)

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>厚生労働省は「脳死移植の理解を深めたい」としている。

理解を深めるって、どういうこと?

「脳死は死です、死です、死なんですよぉ!」
と、大声でわめきたてて強制的に信じ込ませようとするってこと?
「移植医がそう断言しています」
って、普通の声で付け加えなくてはね。さらに、
「小児脳神経科医や小児科医には、
脳死が死なのか、
脳死判定がまちがいなくできるのか、
疑問に思う人もいます」
って、小さな声で付け加えなくてはね。
 

親族優先提供についての審議

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 9月15日(火)23時48分39秒
  http://www.asahi.com/national/update/0915/TKY200909150338.html

臓器の優先提供指定、配偶者・親子に限定 厚労省審議会

2009年9月15日22時37分

 臓器移植法の運用を専門家らが話し合う厚生労働省の厚生科学審議会臓器移植委員会(委員長・永井良三東京大教授)は15日、改正臓器移植法が7月に成立してから初めての会合を開いた。脳死になった場合に臓器を優先的に提供する相手として指定できるようになる親族を、配偶者と親子に限ることで合意した。

 改正法は来年7月に施行されるが、優先提供に関する規定だけは1月に施行されるため、年内に関連の省令やガイドラインを改正する。

 患者が移植を受ける機会の公平を定めた現行法の規定は改正法にも残る。このため改正案を提出した議員は国会審議で、優先提供先を広くせず、配偶者と親子に限定すべきだと主張していた。この日の委員会では、親族を「6親等内の血族と3親等内の姻族」と規定する民法との整合性を保つべきだとの意見が出たが、最終的に「立法者の趣旨を尊重すべきだ」との意見が多数を占めた。

 現行制度では、臓器を提供する本人の意思に加え、同意するかどうか家族も判断する。家族の範囲は「2親等内か同居の親族」。改正法は本人の意思が不明でも家族の承諾で臓器を提供できるようにする。この家族について委員会では、現在と同様に「2親等内か同居の親族」を基本とすることで合意した。

 このほか、本人の意思の確認手続きや普及啓発、臓器ごとの移植患者の選定手続きなどについての九つの作業班を設置、小児の脳死判定基準や提供施設の体制整備について二つの研究班で検討する。委員会は作業班と研究班が年度内をめどにまとめる報告書をもとに、省令などの改正作業を進める。

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>脳死になった場合に臓器を優先的に提供する相手として指定できるようになる親族を、配偶者と親子に限る

これだけでは、だめだと思います。もっと、移植医療の公平性を守るための規定を追加するべきです。

私は、以前に、以下のような意見を書いています。

http://terutell.at.webry.info/200907/article_6.html

私は、そのうえに、施行規則で、移植の公平性を損なわないための条件を更に付加するべきだと思う。

たとえば、脳死と診断された患者が事前に書面で臓器提供に同意の意思表示をしていて、「両親と子、配偶者」が移植待機患者として登録していて、その人に優先して臓器提供したい、と意思表示していた場合。

これはあくまでも「優先」である、ということで、必ずその親族に移植する、という特約ではない、ということである。

もし医学的に適合しなかったら、他の移植待機患者に提供する。

また、もし、その「両親と子、配偶者」の移植待機患者よりも緊急性の高い患者がいたり、長期間待機している患者がいたりしたら、そちらに提供する。

優先というのは、あくまでも、緊急性や移植待機年数が同じぐらいの患者がいたら、本人が事前に書面で指定した「両親と子、配偶者」の移植待機患者に提供できる、という、相対的なものにしておくべきである。

そしてそのことを、広く前以て国民に知らしめておくべきである。

親族優先提供をする場合は、単に臓器提供意思表示カードに表示するだけではだめで、日本臓器移植ネットワークに連絡して、説明をきき、ネットワークが、その人の「両親と子、配偶者」の移植待機患者が登録していることを確認し、待機患者の話もきいたうえで、優先提供の登録をしなければならないことにするべきである。

親族優先提供をした場合、レシピエントがまたドナー家族でもあるわけである。ドナーが誰であるかも当然知っている。

こういう移植を認めるのならば、親族優先提供でない場合の移植には、それこそ、「てるてる案」で掲げた、ドナーとレシピエントの交流を、取り入れたらいいと思う。

そうでないと、親族優先提供でない臓器移植では、ドナーとレシピエントとはお互いに匿名の関係で、親族優先提供の場合は、そうではない。

同じ臓器移植で、これもまた、不公平ではないだろうか。
 

>家族、遺族がいないとき

 投稿者:たんたん  投稿日:2009年 9月 2日(水)20時37分10秒
  こんばんは!自己レスです。
<遺族・家族なき者の本人臓器提供意思不明時に、自治体なりが遺族となり脳死判定、臓器移植に承諾するケースはありうるのでしょうか?>についてです。

仮に自治体が脳死者の遺族なったとしても法的脳死判定や臓器摘出の「承諾書」にサインする権利がないとの事を関係者の方からお聞きすることが出来ました。
お騒がせしてすみませんでした。
これからも、森岡先生やてるてるさんのご活動のこと蔭ながら応援しています!
 

>家族、遺族がいないとき

 投稿者:たんたん  投稿日:2009年 9月 2日(水)09時51分22秒
  森岡先生
ご教示いただきありがとうございます。最終的な法解釈については、厚生労働省の法解釈によるガイドライン等によって実運用方法が決まるということでよろしかったでしょうか?

そして、もう一つ、ご教示いただけますと幸いです。
<遺族・家族なき者の本人臓器提供意思不明時に、自治体なりが遺族となり脳死判定、臓器移植に承諾するケースはありうるのでしょうか?>

・・・本人の脳死下臓器提供意思が不明な場合、「遺族・家族」の承認があれば脳死判定・臓器移植可能という改正臓器移植法の解釈に基づいて、
「遺族・家族なし」かつドナーカードなし(臓器提供の意思不明)で臨床的な脳死になった人の場合、「遺族・家族」として地方自治体なりが葬儀費用を拠出し火葬を行う場合、地方自治体等が厚生労働省が定めた「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)」の遺族及び家族の範囲に関する事項の「喪主又は祭祀主宰者」に該当し、脳死判定、臓器摘出について承諾するということはありえないのでしょうか?

(一部転載)
「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)
本資料は、平成9年10月厚生省保健医療局により定められ、平成10年6月に一部改正されたものです。

第2 遺族及び家族の範囲に関する事項

1 臓器の摘出の承諾に関して法に規定する「遺族」の範囲については、一般的、類型的に決まるものではなく、死亡した者の近親者の中から、個々の事案に即し、慣習や家族構成等に応じて判断すべきものであるが、原則として、配偶者、子、父母、孫、祖父母及び同居の親族の承諾を得るものとし、喪主又は祭祀主宰者となるべき者において、前記の「遺族」の総意を取りまとめるものとすることが適当であること。ただし、前記の範囲以外の親族から臓器提供に対する異論が出された場合には、その状況等を把握し、慎重に判断すること。
2 脳死の判定を行うことの承諾に関して法に規定する「家族」の範囲についても、上記「遺族」についての考え方に準じた取扱いを行うこと。
http://www.jaam.jp/html/report/report-zoki990517.htm

以上、ご多忙中、恐縮ですがお伺いいたします。
 

家族、遺族がいないとき

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 9月 2日(水)00時32分6秒
  下記のご質問ですが、家族、遺族がいないときに、ドナーカードなしで臨床的な脳死になった場合は、脳死判定も移植もできない、ということだと思われます。(この法律の読み方は難しいので他の常連の方々のご意見もお聞きしたいです)  

遺族、家族がいないときの脳死下臓器移植について

 投稿者:たんたん  投稿日:2009年 9月 1日(火)18時38分56秒
  はじめまして、臓器移植のことについて少しブログを書いている市民ブロガーです。
一点確認したいことがありお伺いしたいのですが、もしご存知でしたらご教示いただくようお願いいたします。今年の7月13日にに成立した下記の「改正臓器移植法」についてです。
1)遺族・家族のいない人が脳死状態となり、早期提供意思が不明(ドナーカード類不所持)であるとき、医師による脳死判定及び臓器摘出が出来るというように法律文から読めるのですが、そのような解釈で間違いないでしょうか?
以上、お伺いいたします。

>(臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律)
臓器の移植に関する法律(平成九年法律第百四号)の一部を次のように改正する。

 第六条第一項を次のように改める。

  医師は、次の各号のいずれかに該当する場合には、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。

 一 死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないとき。

 二 死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって、遺族が当該臓器の摘出について書面により承諾しているとき。

 第六条第二項中「その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」を削り、「もの」を「者」に改め、同条第三項を次のように改める。

3 臓器の摘出に係る前項の判定は、次の各号のいずれかに該当する場合に限り、行うことができる。

 一 当該者が第一項第一号に規定する意思を書面により表示している場合であり、かつ、当該者が前項の判定に従う意思がないことを表示している場合以外の場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないとき。

 二 当該者が第一項第一号に規定する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であり、かつ、当該者が前項の判定に従う意思がないことを表示している場合以外の場合であって、その者の家族が当該判定を行うことを書面により承諾しているとき。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16401014.htm
 

「臓器の移植に関する法律」改定に関し、民主党に意見を送信しました。

 投稿者:どとうとしや  投稿日:2009年 8月27日(木)21時31分27秒
  「臓器の移植に関する法律」改定に関し、民主党に意見を送信しました。
長い文章ですので、「どとうとしやブログ」のリンク貼っておきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/sirou64/21279305.html

民主党への意見のサイトのリンクも貼っておきます。
https://form.dpj.or.jp/contact/
 

毎日新聞の記事

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 8月13日(木)23時16分42秒
  http://mainichi.jp/life/health/news/20090811ddm013100126000c.html

医療ナビ:改正臓器移植法 脳死を人の死と定義し15歳未満の提供も可能に…

 ◆改正臓器移植法 脳死を人の死と定義し15歳未満の提供も可能に。全面的施行までの課題は。

 ◇家族の判断、より重要に
 ◇優先順位ないままか 小児の判定基準どう確定

 7月に成立した改正臓器移植法は本人の書面による同意を必要とした旧法とは違い、本人の意思が不明でも、家族の同意で提供が可能になる。全面的な施行は官報公布1年後の来年7月17日。法改正に伴い、脳死判定基準などを定めたガイドラインの大幅な見直しも必要だ。移植例の多い欧州の法制度と比較しながら、課題をまとめた。

 ■国で異なる同意条件

 改正法で臓器提供時の死の定義が変わったが、提案者は一律に脳死を人の死とするのではなく、提供時に限って脳死を人の死と位置づけている。厚生労働省臓器移植対策室は「国民が混乱しないよう、(死の定義について)ガイドラインなどで趣旨を徹底することも検討したい」と話す。

 7月21日、スイス・チューリヒ大のクリスチャン・シュワルツェネッガー教授が来日し、欧州各国の移植制度について紹介した。スイスは州法で規定していたが、07年7月、初めて統一的な連邦法を施行し、脳死を人の死と位置付けた。

 脳死を人の死とみる考えが定着している欧州でも、臓器提供に関する同意の取り方は国ごとに分かれている。シュワルツェネッガー教授によると、各国の同意方式は大きく分けて二つある。その一つは、提供に関する同意が必要になる「同意方式」。本人の同意が必要な「狭い同意方式」と、近親者の同意で提供できる「拡大された同意方式」に分けられる。今回の日本の改正は、狭い同意方式から拡大された同意方式への改正になる。

 もう一つの「反対意思表示方式」は提供条件がより緩やかだ。本人が提供に反対の意思表示をした場合のみ臓器摘出ができない。スイスの連邦法では「拡大された同意方式」を採用した。

 日本では、本人同意を提供条件から外した法改正で、今まで以上に家族の判断が重要性を増す。旧法に沿った現行のガイドラインでは、同意を確認する対象として父母、子、祖父母、孫、兄弟、姉妹にあたる「2親等以内」と「同居の親族」が記載されている。しかし、立場によって優先順位はない。親族内で反対する人がいれば、話し合って結論が出されることが多いという。

 一方、スイスは連邦法で「最近親者の同意」と記載。省令で配偶者、子、両親、同居人と順位を明確に定め、順位が上の人の判断を優先している。

 ■回復力高い子ども

 子どもの脳死判定の困難さを指摘する専門家は多い。回復力が高い子どもは、通常は数日程度の脳死から心停止までの期間が、数年に及ぶケース(長期脳死)もあることも分かってきた。また、6歳未満の法的脳死判定基準もない。このため、厚労省は今月末から9月初旬にかけて研究班を設置し、子どもの脳死判定基準や、意思表示をどう考慮するのかについて検討する。

 オランダの医事法に詳しい甲斐克則・早稲田大教授(医事法)によると、同国の移植法は「脳電図(脳波測定)および無呼吸テストが実施できない場合は、脳血流が存在しないことを判定するために、大脳血管造影を行わなければならない」と明記し、補充的な検査として脳血流の測定を明記している。

 今回の国会論議でも、目に障害があって瞳孔散大の検査が実施できない場合など、脳血流検査を代替方法とする提案があった。

 このほか、「親族に優先的に提供する意思を表明できる」改正部分は、公布から半年後の来年1月17日に施行される。「親族」の範囲は、提供に同意する2親等以内の家族よりも狭く、親子や配偶者など、より狭い範囲で検討されている。また優先提供の意思をどう確認するかは決まっていない。

 厚労省は、厚生科学審議会の臓器移植委員会にガイドラインや省令の検討を諮る予定だ。【関東晋慈】

==============

 ■日本と欧州各国の臓器提供の同意方式(オーストリア政府資料から)

狭い同意方式 日本の旧法

拡大された同意方式 日本の改正法、スイス、オランダ、デンマーク、ドイツ、英国など

反対意思表示方式 スペイン、イタリア、オーストリア、ポルトガルなど

毎日新聞 2009年8月11日 東京朝刊
 

米本昌平氏が臓器移植法の再改定を主張

 投稿者:もりけん  投稿日:2009年 8月 9日(日)05時57分53秒
   8月10日付発売の中央公論9月号で、米本昌平氏(東京大学先端科学技術研究センター特認教授)が“「脳死は人の死」と世論調査で決めた国はない 改正臓器移植法の陥穽”を書いています(p194〜p202)。
 参議院で参考人意見を述べた時と同主旨の文章ですが、「民主主義は、ときに間違いを犯すものである。その安全弁であるはずの参議院の審議も、目前に迫った衆議院解散という政治スケジュールに縛られ、有効な修正を加えることなく、最終的に衆議院案を採択する形になった(p194)」「早い機会に、脳死は臓器移植の場合に限るとする旧法の条文に戻すべきである」としています(p200)。

 私は米本論文には「脳死判定が可能であるとの前提の間違い」や「脳死臓器摘出の社会への軟着陸が可能であったとの前提の間違い」ほかの問題があると思いました。
 

「法的脳死」と「臨床的脳死」

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月28日(火)21時50分33秒
  産経新聞の記事より。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090727-00000083-san-soci

改正臓器移植法、施行まで1年 子供の判定、基準急務
7月27日7時57分配信 産経新聞

 解散前の国会で“駆け込み成立”した改正臓器移植法。15歳未満の移植を認めたり、従来、移植を前提に「人の死」とされてきた脳死が、移植に関係なく「脳死=人の死」とされたりするなど内容が大きく変わった。ただ、いまだに「脳死」の概念に疑問の声が上がっているほか、難しいとされる子供の脳死判定をめぐっては判定基準作りが急務になっている。1年後の改正法施行に向け、問題点を探った。(蕎麦谷里志)

                   ◇

 ■Q 全部の脳死が人の死か

 改正法では移植にかかわらず、「脳死=人の死」となった。しかし、今も「国民的な合意がない」という懸念の声が相次ぐ。

 懸念の背景について、日本救急医療財団理事長で杏林大学の島崎修次教授は「『法的脳死』と『臨床的脳死』の2つが、整理されないまま議論されてきたことがあるのではないか」と話す。

 厚生労働省によると、「法的脳死」とは臓器の提供を前提に脳死判定基準に基づいて判定される。深い昏睡(こんすい)や脳幹反射の消失などを厳格に診断。法的脳死と確認された後、回復したケースはない。

 一方、医師が治療方針を立てるために、脳死の可能性が高いと診断した状態が「臨床的脳死」。厳格な検査は通常せず、「どうしても一定の確率で回復する患者も出てくる」(島崎教授)という。

 法改正の国会審議では当初、すべての脳死を「一律に人の死」としていたが、議論を経て、「運用上は法的脳死=人の死にしよう」と結論づけた。

 しかし、改正法の文面では、脳死を一律に人の死とした。提供を決断する臓器提供者の家族の心理的負担に配慮したためだ。

 実際の運用は従来と変わらないのに、法律で定義を変えた点が混乱を生じさせた要因といえる。

 ■Q 脳死者の治療は中止されるのか

 「脳死は一律に人の死」という概念が広まったため、移植をしない臨床的脳死者について、医師の判断で人工呼吸器が外されるなど治療が中止されるのではないかと懸念する患者や家族もいる。

 しかし、前述のように運用上は臓器提供を前提にしない限り、「脳死=人の死」とはならないため、従来の臨床的脳死者の治療は継続される。

 こうした不安を払拭(ふっしょく)するため、日本救急医学会は「臨床的脳死と診断した後も患者家族の考えを尊重する」とする提言を公表。「家族の求めがあれば、臨床的脳死と判定した後も治療を続ける」と広報している。

 臨床的脳死後の治療には従来通り、公的医療保険が適用されることが改正法にも明記されている。大崎市民病院救命救急センターの大庭正敏センター長は「脳死は死への過程にすぎない。家族の感情を考えれば、保険適用による治療継続は当然だ」と話す。

 ■Q 提供…医療体制できているか

 改正法が施行されると、これまで認められていなかった15歳未満の子供からの移植も可能になる。

 ただ、子供の脳は発育途中で、損傷があっても回復する力が高いため判定が難しい。改正法の実行には、小児向けの法的脳死判定基準の策定が急務だ。

 現在の基準は医学的には6歳以上に対応できるとされており、厚労省は6歳未満を対象にした新たな基準作りのための研究班を立ち上げることにしている。

 厚労省によると、成人で臨床的脳死と診断されてから心停止に至るまでの平均日数は4、5日。一方、小児は、脳死や脳死が強く疑われる139人のうち2割が30日以上心臓が動き続けたとする報告もある。

 子供の脳死判定や臓器提供にかかわる小児や救急医療現場の整備も急がれる。厚労省によると、全国に約200ある救命救急センターのうち、小児専門病床があるのはわずか6施設。東京都立墨東(ぼくとう)病院救命救急センターの浜辺祐一部長は「医療体制の整備を図らなければ、臓器提供者は増えないだろう」と話す。

 子供は自らの意思を表現することが難しく、臓器提供には家族の意思を最大限に尊重する必要がある。「全力での治療を親が感じなければ、臓器提供はあり得ない」。日本小児科学会会長の横田俊平・横浜市立大教授はこう強調する。
 

国際的に見ればA案しかない

 投稿者:ブルテリア  投稿日:2009年 7月26日(日)08時46分7秒
  今回A案が国会で成立して良かったと思っています。
なぜならば日本人が海外で移植治療を受けている実態があるからです。
他の国でも臓器が余っているわけではないのです。
にもかかわらず日本の人のために移植を行ってくれる外国の人たちに
感謝と畏敬の念を持っていました。しかしいつまでも外国の好意に
甘えてはいけないと思います。WHOも国外での移植治療を制限しようとしています。
日本ではまだ脳死の合意ができていないと言いますが、外国だって国内で完全な合意が
できているのかと言えばそうではないでしょう。
状況は日本も外国もそんなに変わらないと思います。
日本が移植のための海外渡航を禁止するならば合意ができるまでゆっくり待つという
こともありえるでしょうが、そうでないならば、国際的には
最早日本だけが合意のための時間を使うということは許されない状況にあると思います。
ちなみに私は脳死は人の死だと思っています。詳細は以下のサイトを見てください。
http://www.kjps.net/user/khiroshi/baka/baka-index.html

http://www.kjps.net/user/khiroshi

 

A案の前提が意味するもの

 投稿者:信濃の山猿  投稿日:2009年 7月25日(土)02時26分44秒
   森岡先生のご意見の趣旨がもう一つうまく理解できないのですが、衆参両院での議論をきいてから私は次にように考えるようになりました。
 元来、移植の有無にかかわらず、一般的に脳死を人の死と法的に決定することは臓器移植法の権限外のことです。それをなしえるの統一死亡判定法だけなのですが、臓器移植法は統一死亡判定法ではありません。一般的に脳死を人の死と定める臓器移植法というものはありえないのであって、臓器移植法がかかわる脳死は臓器提供が行われる場合の脳死に限られるのです。ですから、第6条第2項に、「移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」があろうとなかろうと、法的効果に違いは出てこないということになるわけです。
 ではA案とA'案に違いはないのかといえば、違いは厳然と存在します。
1.現行法:脳死が人に死であるかどうかを社会が受容しているか否かには無関心に、15
  歳以上の者が自ら提供意思及びそのための脳死判定に従う意思を表示をしており、家
  族が拒否しないとき、脳死を人の死としています。つまり、単に「臓器提供が行われ
  る場合に限って脳死を人の死としている」のではなく、「本人意思表示原則、家族不拒
  否原則および有効意思表示年齢原則を満たした上での臓器提供が行われる場合に限っ
  て脳死を人の死としている」法律です。
2.A案:脳死が人の死であることを社会が受容しているという前提に立って、年齢制限な
  し、本人不拒否、脳死判定に関しては家族同意、臓器提供に関しては遺族同意原則を
  満たした「臓器提供が行われる場合に限って脳死を人の死としている」法律です。
3.A'案:脳死が人の死であることを社会が受容していることを否定するという前提に立っ
  て、年齢制限なし、本人不拒否、脳死判定に関しては家族同意、臓器提供に関しては
  遺族同意原則を満たした「臓器提供が行われる場合に限って脳死を人の死としている」
  法律です。
 つまり、現行法もA案もA'案も、「臓器提供が行われる場合に限って脳死を人の死としている」という点では同じなのです。現行法とA案、A'案との違いは臓器提供が行われる条件の違いであり、A案とA'案との違いは前提(立法事実の認識)の違いです。第6条第2項の「移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」という限定規定の有無は、この立法事実認識の違いを表しているわけです。
 前提の違いはまた、A案にとっては脳死を人の死とするのは単なる確認規定であり、A'案にとっては創設規定になるという違いも生み出します。
 A案が成立したということは、A案の前提も承認されたということを意味しますから、臓器移植法自体は移植にかかわらない脳死には関知しないとしても、「脳死が人の死であることを社会が受容しているという前提」は移植にかかわらない脳死にもかかわりをもちますから、「脳死は一律に人の死」という圧力は強くなるのではないでしょうか。さらに、脳死を人の死とすることはある意味で脳死判定の不完全性に目をつむることですし、脳死判定の不完全性に目をつむることは、これはこれでまた医師の回復不能判断を人の死とすることを受け入れることでもありますから、A案が成立したということは、医師の回復不能判断という死亡診断がやがては他者の批判を受け付けないという意味での医師の専権事項になっていく第一歩、脳死が三徴候死と同等の地位を獲得するための第一歩が踏み出されたということなのだと思います。
 

下記の件

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 7月24日(金)23時10分18秒
  もりけんさんのご指摘はたいへん重要な点なのですが、参議院で、修正A案が「臓器移植の時にのみ脳死は死」という点のみの修正案となり、それが否決されたことによって、結果的に、A案は「脳死は一般的に人の死」という解釈で採決がなされた(つまり衆議院の解釈は否定的に採決された)という理屈になっているんじゃないでしょうか。(参議院で町野氏はA案も脳死は一般的に人の死と主張していたような気が)

実のところ、この点がどういう決着になっているのか、誰が決定権をもっているんでしょう。厚生労働省?
 

マスメディアが率先して刷り込もうとする“改正臓器移植法は脳死は人の死と定めた”表現の問題

 投稿者:もりけん  投稿日:2009年 7月24日(金)06時35分12秒
   アサヒコムに“脳死は死」賛否二分、改正移植法 朝日新聞世論調査”という記事が載っています。http://www.asahi.com/national/update/0722/TKY200907220383.html
 この世論調査の設問に“これまでの法律では、臓器移植をする場合に限って脳死を「人の死」としていましたが、先日成立した新しい法律では、脳死は一律に人の死と定めました。「脳死は一律に人の死」とすることに賛成ですか。反対ですか”という問いがあります。

 6月5日の厚生労働委員会の会議録http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009717120090605016.htm にあるとおり、衆議院法制局の岡本参事は、臓器移植法改訂A案が「脳死」を人の死と定めていることについて「この定義規定が適用される範囲は臓器移植に限られる、あってもなくても同じ」と答弁した。

 従って、世論調査を行うのであれば、設問は“改訂された法律は、脳死は一律に人の死と受け取られかねない表現をしていること。そのことの理解と、こうした改訂の是非”を問うべきではないか。

 単純に“先日成立した新しい法律では、脳死は一律に人の死と定めました”としてアンケートをしてしまうのでは、マスメディアが大衆に対して「脳死判定基準を満たしたら人の死だ」と刷り込むことになる。


 ついでに各紙をみたところ、
毎日小学生新聞http://mainichi.jp/life/edu/maishou/news/20090715kei00s00s026000c.html
脳死(のうし)を一般的(いっぱんてき)な人(ひと)の死(し)とする臓器移植法改正案(ぞうきいしょくほうかいせいあん)が13日(にち)、参院本会議(さんいんほんかいぎ)で可決(かけつ)・成立(せいりつ)しました。

神奈川新聞の社説http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryivjul090711/
脳死を人の死とみなし

秋田魁新報の社説
http://www.sakigake.jp/p/editorial/news.jsp?kc=20090715az
今回の改正は、脳死を「一般的に人の死である」と位置付けた。

琉球新報の社説http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-147123-storytopic-11.html
脳死を人の死と位置付け

 など刷り込み表現が多い。


 比較的ましな媒体は、
東奥日報の社説http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/sha2009/sha20090715.html
 冒頭を“脳死を「一般的に人の死」と位置づけ”と書き出しているものの途中で“国会審議の中で改正法提出者は「法的には、脳死が人の死となるのは臓器提供の場合だけ」と答弁している。脳死の位置づけに関しては、現行法の前提が生きているとの見方もある。・・・「脳死は人の死」を家族に押しつけたり、臓器提供を強要あるいは誘導することがあってはならない。”と書いた。

愛媛新聞の社説http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200907151262.html
「脳死は人の死」とする定義をめぐって参院でも議論があった。提出者は、法的には臓器提供の場合だけだと説明。・・・



 朝日新聞よりも高度な刷り込みはMSN産経ニュースhttp://sankei.jp.msn.com/life/welfare/090715/wlf0907150342000-n1.htm
臓器提供に限って脳死を人の死としている現行法に対し、脳死を死と認めたことによって一部には社会生活に混乱を招くとの批判がある。だが、医学的に脳死は死であり、国際的にもそれは変わらない。



以上
 

いのちをいただくことへのおそれ

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月21日(火)22時23分46秒
  いのちをいただくことへのおそれ、みたいなものが、移植医療には必要なんではないでしょうか?

おそれというのは、恐怖のことではなく、畏怖のことです。

恐怖とかいってしまうと、移植された臓器を通してレシピエントにドナーの性格が
影響を与えるとか、映画か小説みたいな話になってしまう。

それは素朴な勘違いです。

むしろ、脳死臓器提供のドナー家族とレシピエントとがなんの規制もなく交際を続けていったら、場合によっては、お互いに強く影響を与え合いすぎて、問題が生じる、という、実際に過去にあったできごとのほうが、ドナーがレシピエントに影響を与える、ということの実例といえるでしょう。

だから、現在では、ドナーとレシピエントとはあくまでも匿名の関係でいることとしているか、ガイドラインを作って、移植コーディネーターの仲介や見守りのもとに、交流を認めている国が、あります。

ドナーに感謝する、ドナー家族に感謝する、ドナー家族の悲しみを和らげる、
どれも必要ですが、それを移植患者や移植医がどれだけ実践したところで、
一方で、「移植を受ける権利」を主張したら、おじゃんではないでしょうか。

移植を受けることへの「おそれ」があり、
いのちをいただくことへの「おそれ」があったなら、
「移植を受ける権利」を主張することはできなくなるのではないでしょうか?

また、いのちをいただく、という考えに徹するならば、
親が子の臓器提供を決意する時でも、
子のいのちをいただくことへのおそれがなければいけないと思います。
ほんとうは、親でさえ、決めることはできないことを、あえて、決めているのだと思います。

いのちをいただくことへのおそれがなくなってしまったら、
移植医療は堕落への坂を落ちていき、
臓器不足を解消するならば、
移植患者の精神的負担を軽くするためならば、
脳死患者の家族が臓器提供を決意しやすくするためならば、
ドナー家族の口を封じるためならば、
臓器売買を法的に認めたほうがいいではないか、
というところまで、行ってしまうのではないのでしょうか?

あるいは、そんな国はどこにも存在しないけれど、法的に全国民に脳死または心停止下での臓器提供を義務付けるとか。

移植医が、脳死は死だ、というとき、
いのちをいただくことへのおそれを感じないでそう言っているのか(あるいはおそれを感じたくないから、おそれを感じないようにするために)、
それとも、脳死は死だとしても、脳死と診断された患者のからだのなかで機能している臓器はやはりその患者の「いのち」である、一粒の麦が落ちて死ななければ一粒のままだが、地に落ちて死ぬと何倍もの麦になるように、脳死と診断され、死を受け入れることにより、多くの「いのち」を移植待機患者たちに分け与えるのである、そのいのちの受け渡しをするのである、などと思っているのか。

ただの死体だと思わないで、そこには「いのち」があると思って臓器摘出手術をおこなうのか。それは摘出されるまではまだまちがいなく、脳死と診断されたひとの「いのち」であり、それを移植待機患者の「いのち」として植え替えるのであるなどと、移植医は思っているのだろうか。

法律に明文化することはむずかしい内容だと思いますが、いのちをいただくことへのおそれを保とうとする努力を表わすことは、やろうとすれば、できるのではないでしょうか?
 

参議院での投票行動に思う

 投稿者:篠田孝道  投稿日:2009年 7月21日(火)14時29分37秒
  修正A案に賛成した72名の議員のうち、55名は一転A案に賛成するという支離滅裂な投票行動から透けて見えるものに関し、”「再考の府」の再興を望む! ー「臓器移植法改正案」の成立に思う” と題する私見をアップ致しましたので、(字数の関係から)そのアドレスのみ下記致します。

文中に東京財団の大沼瑞穂研究員の論考も引用させて頂きました。

ご参考に供します。

http://www.linhwa.jp/2009/07/vol82.html#extended
 

こどもの臓器提供について

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月19日(日)23時06分1秒
  こどもの臓器提供について、御自分の息子さんと話し合った、というブログが
あります。

2009-07-18[日記]本人の意思を聞きました
http://d.hatena.ne.jp/satomies/20090718/p1

中学生の元気な息子さんと話し合った後で、ダウン症のきょうだいについて、
どうする? という話になり、ああでもないこうでもない、ああでもあるこうでもある、
と考えに考えた末に、
ぐずぐずぐずぐず……
となるのです。

とてもたいせつな、
ぐずぐずぐずぐず……
だと思います。
 

ぞわぞわ

 投稿者:ちしゅー  投稿日:2009年 7月18日(土)02時40分21秒
  <2008年の市立札幌病院の記事
<市立札幌病院 てるてるさん

「やるだけやったんですが‥‥(>_<。)」という前提が感じられないとダメですよね、きっと。
それも、やるだけやったお医者さん本人から聞けた方が良いんでしょうね、やはり。
いきなり「はい、脳死。はい、意思確認。提供?拒否?」
みたいな感じでいっちゃったんでは、やる気も削がれかねないと思います。
そう考えると、コーディネータってすごく微妙な立場ですね。難しい。

‥‥こういう微妙な問題のとき、キィワードはいつも「寄り添う」なんだなあ、と思いました。


<USAの臓器提供意思表示  てるてるさん

なんというか、それ、ぞわぞわします。
「何のことはない。わたしらやっぱりダマされたんじゃないか。」
‥‥という気がしてならないです。
 

USAの臓器提供意思表示

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月17日(金)23時38分34秒
  「極東ブログ」さんが、USAの「明示的同意ルール」についてわかりやすく解説しながら、今回の日本の臓器移植法改正論議で、我々が、どこまで意思表示の問題をわかっていたのか、というよりも、どこまで国会で意思表示の問題が明確に提示され、議論されたのか、疑問視されているようです。

極東ブログ
ナッジの視点から見た改正臓器移植法
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/07/post-a5a1.html
--------------------------------
(略)
 米国では潜在的なドナー(提供者)の脳死患者は年1万2000人から1万5000人。ドナーはその半分(なお、ドナー1人から3つの臓器が摘出できる)。残り半分の臓器提供を米国において阻んでいるのは、「遺族からの同意を得る必要があること」とされている。米国では遺族の同意が得られにくいようだ。
 同書を読みながら私が疑問に思ったのは、では遺族の同意をはばんでいるのは何かということだ。宗教観だろうか。同書を読み進めると、ナッジ設計において議論されているのは、いかに多くの人に臓器提供の意思を明示化させるかということだった。どうやら米国では、脳死になった本人が臓器提供の意思を持っていたか不明の場合、デフォルトでは、本人意思がわからないゆえに他者はその意思を代行できないということのようだ。
 今回の日本の改正臓器移植法でも、米国と同様に脳死者の家族の承諾で臓器移植が提供できることになるので、米国と同じようになったとも見える。脳死となった本人が生前、臓器提供の意思を持たなければそれが尊重されれるという点でも米国と同じだ。なのに、米国で「本人意思がわからないゆえに他者はその意思を代行できない」ということが通例となっているのはなぜだろうか。
 同書のナッジ設計の議論を読むと、まず米国では脳死について連邦ではなく州法で扱うのだが、大半の州が「明示的同意ルール」を持つという。これは、「臓器提供者になるには、規定の手順に従って臓器を提供する意思を表明しなければならない」ということだ。日本の、以前のドナーカードの機能にも似ている。米国の場合、本人の「明示的同意ルール」がまず尊重され、それが不明の場合は、家族もその意思に介入しないことが多いということのようだ。くどいが、でなければ、「明示的同意ルール」が、悪しきナッジとして本書で議論されるわけはない。
 「明示的同意ルール」の次に、同書では「ルーチン的摘出ルール」を説明する。これは脳死の臓器移植について州が権利を持つというもので、実際にこれを採用している州はなく、端的に言えば論外としていいだろう。ただし、死者の網膜摘出についてはこの規定を持つ州があるそうだ。

(中略)

 米国におけるこの問題の立法についてだが、「推定同意方式は移植に利用できる臓器の供給を増やすにはきわめて効果的な方法だが、政治的的には受け入れやすいとはいいがたい」として、社会的に忌避されているようだ。さらにこう指摘している。


推定同意方式の場合は、ドナーの「暗黙」の同意を家族が覆してしまうおそれがあるが、問題はそれだけではない。前述したように、この考え方は政治的に受け入れられにくい。このような微妙な問題となると、何かを「推定」するという考え方に大勢の人が異議を唱えるようになる。


 ここで私はさらに困惑する。私たち日本の市民は、そのような問題を提出されたことがあっただろうか? A案、B案、C案、D案として提出されたバリエーションはそのような問題を十分内包していただろうか(参照)。
 同書ではこうして欧州や日本型の「推定同意ルール」も臓器移植の社会的ナッジとしては採用せず、もう一つの方法として「命令的選択ルール」を推奨している。具体的には、自動車免許取得の際に、臓器提供の意思を強制的に明示化させるというものだ。「命令的選択ルール」は興味深い社会制度設計の議論だが、今となっては日本とは関係ないことになってしまった。
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2008年の市立札幌病院の記事

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月17日(金)23時25分14秒
  http://qnet.nishinippon.co.jp/medical/news/kyushu/post_568.shtml
死を避けられない患者の家族に 臓器提供の選択肢を示す
[キーワード]医療情報

[更新日時]2008年05月12日

 ■悲しみを気遣いながら… 救急現場で取り組み

 救急現場で、治療を尽くしても死が避けられない終末期の患者の家族に「亡くなった後、臓器を提供することもできる」と医師が選択肢を示す取り組みが始まっている。深刻な臓器不足が続く中、潜在的な提供の意思を掘り起こし移植につなげるのが狙いだが、提供で家族の死別の悲しみが和らぐこともあるという。

 札幌市の正木真貴子さん(34)の兄=当時(38)=は1月、仕事先で突然倒れ、市立札幌病院の救命救急センターに運ばれた。間もなく脳死とみられる状態に。兄は意思表示カードは持っていなかったが、真貴子さんは母と相談し臓器提供を希望した。亡くなったのは4日後。心臓停止後に家族の承諾のみでできる腎臓や角膜などを提供した。

 「提供後、兄は笑っているように見えた。『自分もそうしたかったんだよ』と言っている気がして、うれしかった」

 真貴子さんのように、家族から意思表示があるケースは多いとは言えない。同病院救命救急センターの鹿野(かの)恒(ひとし)医師は「こちらが選択肢を示して初めて、患者がカードを持っていたことを思い出したり、提供を考えたりする家族もいる」と話す。


 鹿野医師が臓器提供の選択肢を家族に提示するようになったきっかけは、別の病院に勤務していた2004年1月に担当した20代の女性患者だ。容体は厳しく「医師として患者が亡くなるのをただ待つだけでいいのか」と考え、患者の両親に話してみると、意外なことに喜んでもらえた。「臓器を提供することで、娘はどこかで生きていくことができる」

 今年1月までに臓器・組織提供を家族に打診したのは31例。うち、家族の意向が一致し実現したのは20例で、約65%を占める。

   ◇   ◇

 トヨタ記念病院(愛知県豊田市)の入谷(いりたに)克己医師も、選択肢提示に熱意がある。「1番難しいのは、家族が死を受容できているかの見極めだ」

 患者の回復をあきらめきれない気持ちでいる家族に話して、つらい思いをさせてしまったこともある。「『頑張って』という家族の患者への言葉かけが『よく頑張ったね』と変わるような瞬間がある。家族の気持ちに寄り添うことが大事」

 多くの重症患者が運ばれる救命救急の最前線。亡くなる患者の家族と向き合うこうした取り組みを、重荷だと感じる医師は少なくない。入谷医師も最初はそうだった。でも、一度やってみて家族に喜んでもらえると「また次も」という気持ちになるという。

   ◇   ◇


 選択肢提示に病院全体で取り組んでもらおうと「ドナー・アクション・プログラム(DAP)」の講習会を開くなどしているのは、新潟県臓器移植推進財団(新潟市)。厚生労働省の研究班事業として展開され、福岡、長崎、熊本、沖縄、山口県を含む12道府県の病院が参加する。

 20カ国以上で実施されている同プログラムは(1)医学的にドナーになり得る患者の識別(2)院内の連携(3)家族の悲嘆ケア−などの内容で、各病院がこれに沿って院内の体制を整備する。カルテの検証も組み込まれ、選択肢提示の有無の要因などが分析される。

 同財団の秋山政人さんは「プログラムを活用し家族ケアなどが充実すれば、結果的にその病院の医療の質も上がることになる」と話している。

【写真説明1】患者の容体についてスタッフと話し合う鹿野恒医師(左端)=札幌病院救命救急センター
【写真説明2】ドナー・アクション・プログラム(DAP)実施の流れ

=2008/05/12付 西日本新聞朝刊=
 

市立札幌病院

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月17日(金)23時24分7秒
  きょう、7月17日、夕方、大阪テレビで、市立札幌病院での救命救急治療と臓器提供の取り組みを取り上げていました。

まず第一に重要だと思うのは、市立札幌病院の救命率は全国平均の2倍だということです。

番組では、この病院の医師が、終末期の患者の家族に、臓器提供という選択肢もある、と告げ、提供を選んだ家族のその後の話も聴いている、というようすを映していました。

臓器提供の話をきいて、提供する方を選ぶのは半分ぐらいの割合です。

それでも、全国的にみて、この病院の臓器提供率は高いわけです。

ここでいう臓器提供は心停止下の腎臓などの提供ですが。

私は、本人の事前の意思表示があることが必須の要件であるべきだと思うし、
それがない場合は、家族のほうから申し出るまで医者や移植コーディネーターは待つべきだと思いますが、
でも、医者のほうから、末期医療の選択肢の一つとして臓器提供の話をすることも、場合によってはいいかな、と思います。

つまり、この病院の医師も言っていましたが、患者の家族と充分な信頼関係が築けているとき、ということでしたが、
それは具体的に、全国平均2倍の救命率に現れている、十二分な救命治療がなされている、ということだと思います。

患者の家族の声として、もう助からないとわかっていても、患者の顔やからだが見苦しくないようにという点まで世話してくれた、とのことです。

何はともあれ、十二分の救命治療。

それから、脳死と診断された患者と家族とが、(以心伝心で)想い出を語りつくせるぐらいのゆったりした、看取りの時間の確保。

それができていれば、医師の方から、臓器提供という選択肢もあるという話も、してもいいかな、と思います。

なお、それとは別に、私は、これはだいぶ前にも掲示板に書いた事がありますが、入院時に作る問診票に、臓器提供意思表示カードを持っているかどうかをきく項目も入れる、ということもいいと思います。カード所持を尋ねるだけで、臓器提供に同意かどうかまではきいてはならない、と思いますが。
 

脳と生命

 投稿者:  投稿日:2009年 7月17日(金)23時08分11秒
    生命を捉える時、脳の存在はきわめて重要な中心的役割を担っている。にもかかわらず脳の存在は日常的にはほとんど意識にのぼることすらなくその存在すらおうおうにして今日も無視されている。しかし、私たちの頭から足の爪先まで、心臓が脈打つのも、私がこうしてお話することも、すべて脳の制御によってはじめて成立するなどと言うことはまったくといっていいほど誰も気づいてはいない。
 医学の例を見ればわかるように臓器の病態とその治療は論じてもそれが脳の制御システムの不具合からくる、などという脳の存在を意識した発想は無視こそすれ、まったく皆無である。あってもプラシーボ効果ではないかなどといってひどい場合切り捨てられる。何隠そうプラシーボ効果も脳の働きのひとつなのである。脳が作動していてその信号により初めて臓器が作動するのであってその逆ではない。反対に臓器の作動はそれに関連する脳の中枢がまだ信号を出し続けていることを示すはっきりとした自然のデータにもなる。
 医学がその黎明期は別として「脳の存在を排除する」ようになって久しい。すなわち、脳がかかわる部分についてはショートカットして考える習慣が今日まで維持されてきた。いわば医学は「脳なし医学」として発展してきたと言える。その「脳なし医学」が脳死問題に直面した時どう考えるであろうか。臓器と脳とは分離して考え、例え臓器が作動している事実が目の前に現にあろうとも、これを無視して脳波は消失しているから脳は死んでいる、としか言いようがないのが現状ではないか。
 

脳死

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 7月17日(金)18時56分8秒
編集済
  ??↓ 脳死は英語でbrain deathです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Brain_death
Cerebral death を主張しているのは大脳死説を唱える一派(トゥルーグら)。
 

大脳死

 投稿者:  投稿日:2009年 7月17日(金)14時58分58秒
   脳死のことを英語ではCerebral death と呼ばれている。すなわち、これを直訳すると「大脳死」にあたる。すなわち、脳の中で大脳皮質などの「部分が壊死」したものという意味でなかろうか。日本ではそれをあえて「脳死」と短く訳したのは何故か。何か意図があるのであろうか。脳死をもう一度逆に英語に再翻訳すれば「Brain death」となる。いつの間にか、大脳だけでなく小脳から延髄・脳幹に至るまで脳の全域の壊死、「全脳死」に化けてしまっている。全脳死は普通私たちが「人の死」ととらえるところのものである。
 脳科学者は脳死をどう捉えているのであろうか。大脳死というのは「大脳は壊死していて意識や感覚などが消失している。」「脳の他の部位は生きている。その証拠に体液や臓器の機能も生きていて生命体としては生きている。」ということでないか。
 臓器移植を成功させるには「新鮮で生きた臓器」が必要不可欠である。壊死のない臓器を摘出するには生きた人間から摘出するのが最善である。しかし、それはできない。そこで大脳死者に白羽の矢があたったのかも知れない。大脳死者の臓器は動いているので劣化は進行していないか少ない。おまけに切り取ったところで痛みも感じない。 もちろん大脳死者は大脳の壊死により自己の意思も判断できない。(ただし実際のところは本人しかわからない) 臓器の摘出の是非を表現することもできない。問題なのは社会や家族の眼でありこれに対していかに有無を言わさず了解をとりつけるかである。「生きた人」からではまずい。「死んだ人」からという形にすることが最善であると考えたのではないか。
 臓器移植を促進したいがため大脳死者を脳死者に、脳死者を人の死者にと強引に論理を拡張して死の概念を従来のものとすりかえただけのことである。このようなトリックに近いやり方はいずれわかるであろうが自然に対する謙虚さはみじんもないことをここで私ははっきり言いたい。
 

ぬで島次郎さんの参考人質疑

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月16日(木)23時51分22秒
  ぬで島次郎さんの参議院参考人質疑を全文アップしているブログがあります。

主婦の「視点・論点」
【東京財団 ぬで島次郎】生命倫理学・臓器移植法研究者の意見
http://blogs.yahoo.co.jp/ukrock2008/28587952.html
 

親族優先規定の廃止をと、滝本太郎さんブログから

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月16日(木)14時23分7秒
  「いくらなんでも親族優先を可能とする規定を削除する再改正を」と、
滝本太郎さんがブログで訴えています。

http://sky.ap.teacup.com/takitaro/854.html

また、前の日の7/14のブログでも、終わりの部分で、御自身の体験から、
脳死と診断される側の家族の気持ちを書いていらっしゃいます。

http://sky.ap.teacup.com/takitaro/853.html
 

尊重するとは言ってるそうですが。。。

 投稿者:ちしゅー  投稿日:2009年 7月15日(水)07時52分28秒
  昨日、7月14日の北海道新聞 1面の記事の中には、

「改正移植法は、本人が提供を拒否する意思表示をしていない場合、家族の同意で提供できる。本人の意思表示は15歳以上が有効とされるが、国会審議で提案者は「小児でも拒否の意思表示は尊重する」と答弁している。」

と書かれていますが、何を根拠にこう答弁してるのかがわからないので、どうなるのかわかりません。

子どもが拒否していて家族が提供したい場合、提供しちゃっても、道義的には大問題だと思いますが、法的には何も決まってない状態なので、提供しても法的には問題はないのかな?と思います。

‥‥子どもに限らず、本人が拒否していて家族が提供したい場合は、本人意思の書かれたカードがたまたま発見されなかったり、家族が本人意思を思い出すことが出来なかったりしたら、‥‥法的にはまったく問題ない状態なので提供するってことになっちゃいそうな気がします。

いやな書き方をしていますが、そうなることもないわけではない、ということです。

もちろんそんなことをする人がいて欲しくはありません。でも、いてほしくないからいないことにする、ってことにはしないで、きちんと考えて改正すべきだったんじゃないかなあと思っています。
 

【マスコミ犯罪組織】中日新聞

 投稿者:鳥居  投稿日:2009年 7月15日(水)03時57分41秒
  中日新聞専売店の恐喝行為
ヤクザが多数潜む中日新聞専売店【犯罪、捏造当たり前】
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%AD%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E+%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E7%B5%84%E7%B9%94&ei=UTF-8&fr=top_ga

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%AD%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E+%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E7%B5%84%E7%B9%94&ei=UTF-8&fr=top_ga

 

子どもが臓器提供拒否、家族が臓器提供したい場合

 投稿者:ゆきだるまぽち  投稿日:2009年 7月15日(水)02時46分41秒
  A案の場合、15歳未満の子どもが臓器を提供したく無いという意思表示をしていて、脳死となり、親が子どもの臓器を提供したいと言った場合、子どもの意思表示は無効とされ、家族同意で子どもの臓器が提供されるのでしょうか?  

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