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日本人は本当に優れているのか?

 投稿者:シベール  投稿日:2009年 7月14日(火)14時35分32秒
編集済
  今までの経緯を見ていると、本当に情けない。3年以内の見直しを決めてから、12年間国会議員は一体何をしてきたのか?ここ数日で行われた議論を毎年とは言わなくても、2年に一回でもやっていれば、もっと完成度の高い案で成立していたでしょう。しかも、最後は都議選の結果が影響するような始末。こんな命にかかわる大事な法案でさえきちんと使命を果たしてこなかった国会議員がいる国が発展するわけがない。勿論、そういう議員を選んだ我々国民にも責任はある。そういう気持ちで今度の衆議院選は投票したい。  

御礼と訂正

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月14日(火)13時30分32秒
  >御礼
>Thomasさん、ありがとうございます。

>訂正
> 次に、A案の親族優先規定ですが、A案では、一親等の親族で移植待機患者が日本臓器移植ネットワークに登録していること、という条件を付けています。

すみません、A案では、
「両親と子、配偶者」
に親族優先提供を限っています。
 

訂正

 投稿者:Thomas  投稿日:2009年 7月14日(火)12時47分21秒
  すみません、下記日本語訳のURLが間違ってました。
http://www.lifestudies.org/jp/teruteru07.htm
ですね(間違いの方は参議院の件のA案議決に関するページでした)
 

Organ Donation Informed or presumed consent?

 投稿者:Thomas  投稿日:2009年 7月14日(火)12時43分17秒
  標記の文書の日本語訳を:
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/171/meisai/m17105164014.htm

で公開されていますが、原文のリンク先が変わっています。
(現在)
http://etiskraad.synkron.com/graphics/03_udgivelser/engelske_publikationer/organ_donation/orgdon_e/INDEX.HTM
(single HTML document version)
http://etiskraad.synkron.com/graphics/03_udgivelser/engelske_publikationer/organ_donation/orgdon_e/ren.htm

以上、ご参考までに。
 

A案での臓器提供のためのガイドライン続き

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月14日(火)08時52分20秒
  「てるてる案」で3歳以上6歳未満のこどもからの臓器提供のために考えてみた条件を、A案のもとで、本人の同意の意思表示がなくて家族の同意で臓器提供する場合の未成年全体に広げて適用してみたらどうか、と考えました。
以下の条件です。

(1)親がそのこどもを虐待していない。
(2)親が、こどもの死を受け容れている。
(3)親が、医師や看護婦などの医療従事者であるか、または、家族や親戚、友人・隣人・同僚等交友関係者に、移植待機患者や移植手術を受けた人がいて、移植医療の意義を理解している。
(4)そのこどもの『脳死』状態が既に一ヶ月以上持続しており、親が、看護、または、看取りをする時間が充分に確保され、必要に応じてソーシャルワーカー等のケアを受けて、さらに長期間にわたって、看護または看取りを続ける経済的精神的余裕を残している。
(5)こどもが、生前、生や死について親と語り合ったことがあり、こどもが死ぬときに、他のこどものために臓器や組織を提供することが、こども本人の気持ちに添うと信じるに足る証拠を、書面・絵・ビデオ等で、親が提出することができる。
(6)以上のことを家庭裁判所で審査する。36)

このうち、(6)は、成人でも、本人の事前の書面による意思表示がなくて家族の同意で臓器提供する場合にも適用したほうがよく、ただし、家庭裁判所でなくても中立的な第三者機関がよい、とも、思いました。

ただ、(4)の
「そのこどもの『脳死』状態が既に一ヶ月以上持続しており、」
は、幼いこどもには長期脳死になる例が多いことを考えて作った条件です。

おとなでも脳死と診断されてから心停止まで一ヶ月以上かかることがたまにあります。

しかし、やはり、十代、二十代と、年齢が上がるにつれて、頻度が下がっていくでしょう。

だから、(4)の条件は、たとえば、十歳未満の人を対象にして、十歳以上は、「二週間以上持続」、二十歳以上は、「一週間以上持続」などとしてもいいと思います。

もともと、脳死(不可逆的深昏睡)は、一週間ぐらいで心停止に至る、ということが、「人の死」とする根拠の一つとされていました。

しかし、今では、日本でも海外でも、脳死と診断されてから心停止まで二週間以上かかる例がしばしばあることが、知られており、USAの大統領への生命倫理評議会の報告書でも、脳死を人の死とする根拠が揺らいできていることが報告されているほどです。

私は、A案のもとでも、できるだけ、もとの臓器移植法の、本人の事前の書面による同意の意思表示がある場合に脳死臓器提供を認める、という原則を尊重するべきだと思います。

臨床的脳死と診断されても、本人の事前の書面による同意の意思表示がある場合は、法的脳死判定を一週間以内におこなってもよいし、また、心停止下臓器提供も同じく一週間以内におこなってもよいが、そうではなくて、家族の同意で臓器提供する場合には、臨床的脳死診断から一週間以上たつまでは、法的脳死判定も心停止下臓器提供もおこなってはならないことにしたほうがいいのではないかと思います。

その間に心停止に至ってしまったら、その人はそっと逝かせてあげればいいと思います。

臨床的脳死診断から一週間以上たって、まだ心停止に至らなかった場合、患者を看取っている人に、法的脳死判定をすることや、脳死下臓器提供や、心停止下臓器提供の話をしてもいいと思います。

一週間というのはおとなの場合で、未成年の場合は、それより長い期間を置くことは、前述の通りです。

できるだけ本人の事前の書面による意思表示を広めることがまず第一で、また、家族同意の場合も、脳死や移植についての最低限の知識を持っていることが必要だと思います。

だから、もともとは、本人の事前の書面による意思表示のある場合にのみ臓器提供ができるとしていた「てるてる案」のために考えた、「チェックカード」ですが、A案のもとでも、広く活用し、配布したほうがいいと思います。

また、こどものための臓器提供意思表示カードも配布するべきです。

もともと、15歳未満の人からの脳死臓器提供ができなかったのは、もとの法律に規定があったからではなく、施行規則で、民法の遺言の規定に則っていたからです。

15歳未満からの臓器提供をふやすためだけならば、もとの法律を帰る必要はなく、施行規則を変えるだけでもよかったはずです。

遺言としての法的な資格はないが、こどもの意思表明として、親や医師が参考とする、という条件のもとで、こどもの臓器提供意思表示カードを配布すればいいのです。

それは、A案のもとでも、実施できると思います。本人の事前の書面による同意がなくても家族同意で臓器提供できる、というだけで、本人の事前の書面による意思表示を無効とする、というわけではないのだから。

それに、A案は、もともと、15歳未満の拒否の意思表示は有効とする、としているのだから。

次に、A案の親族優先規定ですが、A案では、一親等の親族で移植待機患者が日本臓器移植ネットワークに登録していること、という条件を付けています。
私は、そのうえに、施行規則で、移植の公平性を損なわないための条件を更に付加するべきだと思います。

たとえば、脳死と診断された患者が事前に書面で臓器提供に同意の意思表示をしていて、一親等の親族が移植待機患者として登録していて、その人に優先して臓器提供したい、と意思表示していた場合。

これはあくまでも「優先」である、ということで、必ずその親族に移植する、という特約ではない、ということです。

もし医学的に適合しなかったら、他の移植待機患者に提供する。

また、もし、その一親等の親族の移植待機患者よりも緊急性の高い患者がいたり、長期間待機している患者がいたりしたら、そちらに提供する。

優先というのは、あくまでも、緊急性や移植待機年数が同じぐらいの患者がいたら、本人が事前に書面で指定した一親等の親族の移植待機患者に提供できる、という、相対的なものにしておくべきです。

そしてそのことを、広く前以て国民に知らしめておくべきです。

親族優先提供をする場合は、単に臓器提供意思表示カードに表示するだけではだめで、日本臓器移植ネットワークに連絡して、説明をきき、ネットワークが、その人の一親等の親族の移植待機患者が登録していることを確認し、待機患者の話もきいたうえで、優先提供の登録をしなければならないことにするべきです。

親族優先提供をした場合、レシピエントがまたドナー家族でもあるわけです。ドナーが誰であるかも当然知っています。

こういう移植を認めるのならば、親族優先提供でない場合の移植には、それこそ、「てるてる案」で掲げた、ドナーとレシピエントの交流を、取り入れたらいいと思います。

そうでないと、親族優先提供でない臓器移植では、ドナーとレシピエントとはお互いに匿名の関係で、親族優先提供の場合は、そうではありません。

同じ臓器移植で、これもまた、不公平ではないでしょうか。

今回の臓器移植法改正で何度も引き合いにだされた、移植先進国USAでは、ドナーとレシピエントとの文通や対面交流のためのガイドラインもあるのです。

海外の標準に合わせたというA案ならば、ドナーとレシピエントとの交流においても、移植先進国USAの良いところを取り入れても良いと思います。

てるてる案
http://www.kinokopress.com/civil/0302.htm
--------------------------------
ドナーの遺族とレシピエントとの交流
  移植コーディネーターは、次の情報を、ドナーの意思に同意した遺族、レシピエント、それぞれに伝えることができる。なお、一方に他方の情報を伝えるときには、必ず事前に確認をとり、許可を得ることとする。

レシピエントの氏名・年齢・性別・移植の予後についての情報
ドナーの氏名・年齢・性別・死亡の原因となった疾患・末期医療についての情報
ドナーの臓器移植についての考えが、末期医療選択カード以外の文書にも表明されている場合、それもレシピエントに伝えてもよい。
住所・電話番号・メールアドレスなど連絡先に関する情報は、移植コーディネーターが、ドナーの遺族・レシピエント双方との面接や文通などを通して状況をよくつかみ、必要とあれば、ドナーの遺族の相談にのっているソーシャルワーカーなどとも連絡をとり、ドナーの意思に同意した遺族とレシピエントと双方の了解を得たうえで、伝えてもよい。
  移植コーディネーターは、ドナーの遺族と、レシピエントが、面会や文通などの交流を行うとき、必要とあれば、側面から援助し、記録を残す。しかし、管理しようとしてはならない。双方の交流に不適切なものがあると判断した場合は、ただちに介入し、積極的に相談にのり、必要とあれば、臓器移植を検証する権限を持つ第三者機関に訴えることができる。第三者機関が訴えを受理したら、移植コーディネーターは、ドナーの遺族とレシピエント双方についてのすべての記録を第三者機関に提出し、ドナーの意思に同意した遺族とレシピエント双方にも、コピーを提供する。
--------------------------------
 

チェックカード

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月13日(月)21時35分44秒
  やはり、てるてる案で、「チェックカード」というものを提案している。
まるで小切手帳みたいななまえなので、もっといいなまえがあればそのほうがいいんだけれど。

これも、A案のもとでも、臓器提供に家族が同意するとき、移植コーディネーターの話を聞く前に、チェックカードを持っているかどうか確認して、持っていればそれでいい。

持っていない場合、移植コーディネーターの話をきいた後で、確認のためにチェックカードを渡して家族に自らチェックしてもらうのでも、いいとするかどうか。

チェックカード(例)
前文
「このチェックカードは、『脳死』後の臓器移植についての最低限の知識を確認するためのカードで、臓器提供の意思を表示するものではありません。
  このチェックカードのすべての項目にチェックしてあっても、臓器提供の意思を表示したことにはなりません。臓器を提供する・しないの意思は、末期医療選択カードに記入してください。
  もし、あなたが、『脳死』後、移植の為に臓器または組織を提供して、『脳死』状態を終える意思を臓器提供意思表示カードに記入していても、このチェックカードのすべての項目に自筆のチェックがついていないと、臓器を提供することはできません。
  このチェックカードは、『脳死』後の臓器移植についての最低限の知識を提供し、さらに、臓器移植についてよりよく知るきっかけとするためのものです。そのために、最後の項目に、『臓器移植についての情報を得られるところ』を挙げています。
  どうか、臓器を提供する意思のある人も、ない人も、また、心臓停止後に臓器を提供しようとする人も、『脳死』後に臓器を提供しようとする人も、このカードを読んでみてください。
  臓器を提供しようとする場合は、さらに多くの情報を集めてみてください。できるだけ、臓器移植に賛成・反対の両方の考え方を知ってください。
  そして、あなたがもしものとき、あなたを見送ってくださることになる方と、話し合ってみてください。」
以下の項目について確認します。
『脳死』と心臓死との違い
『脳死』と植物状態との違い
『脳死』状態の持続期間
『脳死』判定(臨床的『脳死』の判定と移植のための『脳死』の判定)
外国の『脳死』判定の例
判定された状態からの回復の例;実例・回復する機能・件数・確率
『脳死』判定のミスについて;実例・件数・確率
『脳死』者の数 臓器移植を待つ人の数
臓器移植によって救われる病気; 心臓停止後の臓器提供の場合・『脳死』後の臓器提供の場合
不足している臓器;種類・数
臓器移植の成功例・失敗例の実数と割合
臓器売買の実態
臓器移植についての情報を得られるところ
--------------------------------

チェックカードについては、もっと詳細で精密なものも、提案されている。
 

A案での臓器提供のためのガイドライン

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月13日(月)21時28分11秒
  「てるてる案」では、6歳以上のこどもの場合、臓器提供意思表示カードで同意の意思表示をしていて、親などの養育者も同意した場合のみ、臓器提供できることとしていて、6歳未満のこどもの場合は、3歳以上という下限をつけて、臓器提供できる場合のガイドラインの試案を作っていた。

A案では、おとなでもこどもでも、本人の同意がなくても家族の同意だけで臓器提供できるので、てるてる案で作った6歳未満のこどもを対象としたガイドラインを、未成年を対象としたものに広げて、臓器移植法の施行規則などに取り入れてもらえば使えると思う。

てるてる案
http://www.kinokopress.com/civil/0302.htm

6歳未満のこども

  現行法では6歳未満のこどもの脳死判定基準はないが、改正法では、策定される予定である。
  したがって、6歳未満のこどもの『脳死』後の臓器提供が許される条件も、考えてみる。
  しかし、これは、たいへんむずかしく、ここで提案する条件は、仮の案であり、決定的なものは、わからない。
  ここで対象とするのは、6歳未満3歳以上で、本人の自筆で臓器を提供すると記入した子供用の末期医療選択カードがない場合、とする。なお、3歳未満の人からの臓器提供は、認めない。

(1)親がそのこどもを虐待していない。
(2)親が、こどもの死を受け容れている。
(3)親が、医師や看護婦などの医療従事者であるか、または、家族や親戚、友人・隣人・同僚等交友関係者に、移植待機患者や移植手術を受けた人がいて、移植医療の意義を理解している。
(4)そのこどもの『脳死』状態が既に一ヶ月以上持続しており、親が、看護、または、看取りをする時間が充分に確保され、必要に応じてソーシャルワーカー等のケアを受けて、さらに長期間にわたって、看護または看取りを続ける経済的精神的余裕を残している。
(5)こどもが、生前、生や死について親と語り合ったことがあり、こどもが死ぬときに、他のこどものために臓器や組織を提供することが、こども本人の気持ちに添うと信じるに足る証拠を、書面・絵・ビデオ等で、親が提出することができる。
(6)以上のことを家庭裁判所で審査する。36)

  6歳未満3歳以上で、本人の自筆で臓器を提供すると記入した、子供用の末期医療選択カードがない場合、親の承諾というよりも親からの申し出で、臓器提供をするかどうか、という話になる。

  親からの申し出がないのに、医師などが臓器提供の意思を尋ねてはならない。

  この場合、初めから保証人というものはいない。それで、こどもが自筆で記入した子供用の末期医療選択カードを持っている場合なら、保証人の役割をとれる立場の人が、承諾しなかったら、
臓器を提供できないことにする。

  保証人の立場をとれる人が承諾しても、他の家族が反対したら、とりやめる。その場合は、反対の意思表明書に記入、記名、捺印する。

  『脳死』後の臓器提供は、親がこどもの臓器提供を申し出、保証人の立場をとれる人も賛成し、他の家族も反対しなかったとき、初めて、家庭裁判所の審査を受けることにする。

  心臓停止後の臓器提供は、親がこどもの臓器提供を申し出、保証人の立場をとれる人も賛成し、他の家族も反対しなかったとき、上記の(1)(2)(3)の条件を満たしていれば、家庭裁判所の審査を経ないで臓器提供してもよい。その場合、医療ソーシャルワーカーが立ち会い、(1)(2)(3)の条件を満たしていることを報告書に記録する。

  以上のように、6歳未満のこどもの臓器提供が許される条件を提示してみたが、これは移植を待つ人々の立場から見れば、厳しい条件であると思われる。しかし、救急医療の現場に携わる方からは、少しも厳しいとはいえないという御意見をいただいている。37) すなわち、現状では、社会的に、小児救急外来の態勢が整っていない。

  本来、救急医療は、救急患者本人のために、態勢を整えられるべきである。だから、なにも、移植待機患者のために、救急医療の充実を図るわけではないが、事柄の順序として、まず、小児救急医療を充実させて、それから、小児の移植を考えるべきである。臓器移植法改正で小児移植を可能にすることをめざすのであれば、まず法律で小児救急の水準を定め、臓器提供可能施設とされた病院の小児救急外来の実状を調査し、水準を満たす病院がなければ、小児移植の実施は先へ延ばすべきである。

36) 1992年の「脳死及び臓器移植に関する重要事項について(答申)−臨時脳死及び臓器移植調査会−」(脳死臨調)では、「IV 『脳死』を『人の死』とすることに賛同しない立場で」(少数意見)で、「『脳死』移植が本当に人々に理解されるまでの間は、本人の意思表示があるかどうか、『脳死』および摘出・移植についての理解、判断能力、意思表示の自発性について、家庭裁判所ないしはこれに比肩しうる独立かつ公正な審査システムが事前に審査確認する制度を採用することとし、ドナーカードの普及に全力を挙げるべきである」と述べられている。ここでは、おとながドナーカードを持っていない場合に、家庭裁判所などの審査制度を設けることを提案している。
--------------------------------

36)は、A案のもとで、成人の臓器提供の場合に使えると思う。
A案でも、臓器提供意思表示カードをなくすわけではなく、カードで拒否の意思表示をしていない場合に、家族の同意で臓器提供できるようにする、という。

だが、家族の同意が本人の意思に反するものではないのかどうか、成人の場合も、第三者機関で調査することを、臓器移植法の施行規則か何かに取り入れたほうがよい。

てるてる案では、家庭裁判所としているが、これは、なにも家庭裁判所でなくても、中立的な第三者機関であれば、よい。
 

一僧侶さんの質問

 投稿者:シベール  投稿日:2009年 7月13日(月)19時18分56秒
  iPSやES細胞で脳幹が回復する可能性があるいう事が、動物実験などでわかった時、ヒトに進む可能性はあるかも。ただ、その人のidnetityは保たれるのでしょうか? 大分、次元が違いますが、脊椎損傷患者に対する治療に関しては、ES細胞を用いた臨床試験の準備は進められているようですが、・・・・。  

まだまだ、することがあります

 投稿者:どとうとしや  投稿日:2009年 7月13日(月)17時39分1秒
  いろいろ、残念な結果ですが、まだまだすることが残っています。このままだと、脳が完全に死んだとはいえない年少者からの、周りの大人の無知から、臓器摘出がされるのを、みすみす見逃すこととなるでしょう。脳死の本当の話が重要でしょう。

一僧侶さんからの質問ですが、現在の法的脳死の状態からの意識回復例があったとしても、死の判定基準は変わるとは思いますが、大抵脳死判断でクレームつけて、判定基準は動かさないと思います。事実、アメリカでは、脳死と判定された患者の意識回復例がありました。
また、「死の定義」も変えられそうもなさそうと思います。
 

まだまだ

 投稿者:議員の良心  投稿日:2009年 7月13日(月)14時14分8秒
  A案提出者でさへ「臓器移植時のみに、脳死は死」と言ったのですから、臓器の移植に関する法律施行規則にそのことを謳うよう働き掛けるべきです。また、脳死判定基準に関しての実施基準、施設などについても、現行の省令のままでよいか検討すべきである。A案が通っても、まだまだきちんとしたことが行われるようすべきことはあると思う。  

(無題)

 投稿者:青葉  投稿日:2009年 7月13日(月)14時02分22秒
  本当に残念な結果でした。もっと論議されてしかるべき内容なのに、政治の都合でこれからのことが左右されるなんて。残念でなりません。
メディアの報道も偏った内容であり、情報操作の印象が拭えません。

海外では子供達が誘拐されて臓器だけを取られるなんてことがあるそうですから、日本も子供を安全に育てるには難しい環境になりそうです。
 

残念ながら

 投稿者:一僧侶  投稿日:2009年 7月13日(月)13時40分32秒
  政局の犠牲になった感が否めませんね・・・。採決直前に衆議院の解散総選挙が決まり、A
案を否決した場合、衆議院での再採決するには時間がない、廃案は避けるべきだ・・・。と
いう、議員の心理が働いたことは想像に難くないです。人の死の定義を変更する法案が、衆参
両議院合わせてたった17時間の審議しかしないなんて・・・・。

一つ疑問があるんですが、今後もし再生医療等の発達で、現在の法的脳死の状態からでも、
回復出来るようになったとしたら、その場合、死の定義はまた変わるんでしょうかね?ips細胞の技術発展により、10年か20年後には可能性があると言われていますが・・・。
 

この法案を政局の犠牲にしないで

 投稿者:議員の良心  投稿日:2009年 7月13日(月)10時26分43秒
  これだけは言いたい。自民党が都議選で負けた事が、断じて、本件の採決で何に投票するかに影響する事があってはならない。議員さん、良心に従って、投票をお願いします。衆議院の中川泰宏議員のようなヒトはいないと信じたい。  

医学会への不信感

 投稿者:シベール  投稿日:2009年 7月13日(月)10時14分17秒
  「かんぞう」さんのおっしゃっていることは、大方もっともだとは思います。A案でも、臓器移植の時に脳死を死となると言っているのですが、脳死患者の治療は病院では迷惑だという雰囲気をだされたりして、いずれなし崩しになるのではないかと心配しているから、A案修正案があり、小児の脳死判定にまだ疑問符があるからという理由でE案があるのだと思います。いずれにしても、医学会がもっと透明性をもって情報公開して医学会に対する不信感がなければ、A案でも良いというヒトがもっと多かったように思います。医学会は、そこを猛省すべきだと思います。  

いよいよ今日ですね

 投稿者:かんぞう  投稿日:2009年 7月13日(月)01時02分25秒
  今日、採決されますね。
どうなるかはわかりませんが、さだめに従っていくしかないのかな、と思います。

私はA案賛成者です。
だけど、A案だけのことを考えるのではなく、ほかの案の考えることを知らなくてはいけない
と考え、ここを訪れました。

そしていろいろ知りました。
つい最近ではちょっと前にありますけれども
法的脳死判定で基準を満たしていても
成長し、長期に渡って生きていた子供についてでした。
私は大きなショックを受けました。
私は法的脳死判定の基準を満たした場合
成長はないものと思っていました。

ですが、仮に成長していたとして、
それがその人にとってよいことなのでしょうか。

意識があるか、はわかりませんが
意識があるけれども何も伝える手段がない場合、
そこで生きていてどう思うでしょうか。
迷惑をかけていて、自分で呼吸もできず、栄養は経口チューブ?点滴?
排便等はおむつでしょうか。
わかりませんが。

その姿を自分に置き換えて見てみてください。
そうまでしていきたいですか?
私はそれならば殺してほしい。
生きていることでどれだけ迷惑をかけているかと考えたら。
親はそういう子供がいたとしたら
「迷惑なんかじゃない」というかもしれません。
しかしそれが長期にわたり、体がついて行かなかったら。
心の隅で迷惑だと思うかと私は思います、人間は勝手な生き物だから。

もちろん死にたくないからどんな姿でも生きたいと思うかもしれません。

では。意識がない場合はどうでしょうか。
それははたして「ひと」ですか?
人の形をした単なる生命体でしかないと私は思います。
「生きること」と「人として生きること」は違うと思います。
脳死の状態では人として生きていないと思います。
ただの生命体として生かされていると思います。

私はA案賛成ですが100%ではありません。
脳死を一律に死とするという文は反対です。
この一文は単純に
死としない者から臓器を摘出し、死亡させた場合に
「殺人罪」に問われる可能性があるから
脳死=死として、問われても器物損壊にしかならないようにするために
加えていると思います。
だから現行法も臓器提供に限り死としているのだと思います。

でも私は思うのです。
死とは何か、と。
三兆候死をもって死とするのは医者の慣習です。
法律で死とは何かとはどこにもありません。
脳死を死と定義するのであれば
三兆候死も死であると定義すべきではないか、と。
法律で死を定めるのであれば今までの死も法律上間違っていなかったと
定義すべきではないかと思います。

どちらのしても判断するのは医師です。
医学界が脳死を死とするか、しないか、三兆候死を死としている現状を踏まえて
決めるべき問題なのではないかと思うのです。

政治家や市民は患者を救うことはできませんし、
死を定義することもできません。
それをできるのは医師だけなのです。

世界で常識だからそれが正しい
という考えは間違っていると思います。

脳死は世界的に見て死だから
それに習おうではないかというのは間違いだと思います。
ただしイスタンブール宣言や
今年決まるはずだったWHOの声明に従うのであれば
15歳未満の子供たちに生きるための道を造るという意味では
A案が最適なのではないかと思います。

施行されるまで1年あります。
その間に子供の議論はもうし尽くしたというくらいすればいいと思います。

あとはこれを機会に
臓器提供意志カードをもっと世間に広めるべきだと思います。
8%の普及で半分が記入漏れや所持していないこの現状。
それを打開しなくては結局臓器提供が増えることなど
とうていあり得ないと思います。

長文失礼しました。

明日を見守りましょう。
 

7/10の参議院本会議の感想

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月11日(土)12時09分6秒
  7/10の参議院本会議では、A案、A修正案、E案のそれぞれの支持者からの演説がありました。
厚生労働委員会での参考人質疑などをふまえて、それぞれの改正案の内容を要領よくまとめ、合わせて、支持者自身の主張や信念を織り込み、支持する理由を述べたものでした。

A案の支持者、石井みどり議員は、移植患者を助けたいという信念のもとに、実に巧みに論理を組み立てて、説得力のある、力強い演説をしていました。
特に、A案では現行法の記述から削除し、A修正案ではまた現行法の記述に戻した、6条第二項について、なぜ削除したほうがいいのか、という説明は、巧妙でありました。

この説明の仕方は、もともと、別の議員から言い出され、A案提出議員たちから、実に傾聴に値する意見だと感謝されていたものです。

つまり、臓器移植法が制定された当時、国民は、脳死なんて、知らなかった。脳死移植なんて、見たことがなかった。
初めて高知市民病院で脳死移植がおこなわれたときには、新聞の一面を飾ったものである。
その後、12年を経て、今の国民は、脳死といえば、臓器移植のときのあれ、と意識している。
だからもう、現行法の6条2項の例の記述を削除した方がいいんだよ、という説明です。

石井みどり議員は、また、厚生労働委員会のときには、長期脳死一般のことを、臨床的脳死に過ぎなくて法的脳死ではないと言っていたのを、本会議では、マスコミに喧伝されている長期脳死は、あれは臨床的脳死で法的脳死ではないから、と、再度強調していました。
そして、法的脳死判定に相当する検査を経た長期脳死でも、髪も爪も背も伸びるのに、あたかも、臨床的脳死の場合は、髪も爪も背も伸びるけど、法的脳死ではそうではないかのごとく、巧みに表現しました。後でつっこまれても困らないような上手な表現でした。

そして、石井みどり議員が長期脳死についてかくのごとく言ったときには、そうだ、そうだ、と議場から声がかかっていました。

当日、石井みどり議員は、もっとも、そうだ、そうだ、の掛け声が多い演説をしたと思います。

次に、修正A案は、提出者からの説明と、支持者からの演説とがありました。どちらも、誠実でいっしょうけんめいなことはわかるけど………………

そして、E案を支持する演説をしたのは、円より子議員でした。たいへん明晰で、論理的でした。E案が、一年の期限を区切り、予算を計上し、責任をもって、こどもの脳死臨調と国会審議を進める案であるからこそ支持するのだ、という説明に、うなりました。

私は、初めてE案が報道されたとき、読売新聞の、15歳未満の臓器提供認めず、という見出しに、怒り心頭に発し、唾棄すべき法案だとののしりました。
しかし、よく考えて見ると、A案も、たとえ成立しても、施行まで、一年の準備期間があり、その間は、15歳未満の臓器提供はできないことにかわりはないのです。
それならば、E案のほうが、一年たってみれば、むしろ、実質的に、ドナーもレシピエントもふやすことができる法案になっているかもしれない。
そう思います。

円より子議員の演説は、森岡さんの参考人質疑を実によく取り入れていたと思います。演説の残り3分の1の部分は、情緒的な面でもじいんとさせられました。

私は、A案が成立するだろう、とは、思います。
衆議院の解散と選挙をにらんで、また、A案でしか移植患者は助けられない、という自らの信念や他者からの声によって、多くの国会議員は、理念的にも、現実的にも、A案を選ぶだろう、と思います。

でも、私は、E案も、なかなか、がんばっていると思います。
ちなみに、「てるてる案」は、E案で議論を進める議員さんたちに役に立ちそうなアイディアを含んでいると思いますけど……
幼いこどもからの臓器提供について、本人の自己決定と親の関与のありかたとか……
http://www.kinokopress.com/civil/0302.htm
 

小池晃議員の質疑

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月11日(土)11時42分54秒
  森岡さんの参考人質疑をまとめたブログ記事に、小池晃議員との質疑応答を追加しました。

てるてる日記
2009/07/07 参議院参考人質疑 森岡正博さん
http://terutell.at.webry.info/200907/article_1.html
 

移植を受ける権利

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月11日(土)10時24分26秒
  >森岡さん

移植を受ける権利という言葉は、足立信也参議院議員からも出ています。
足立議員は、長年、移植患者のために尽くしてこられた方だそうです。
日本で初めての生体肝移植のときに、ドナー側の手術に参加していたとか。
 

円より子議員の逆襲

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月11日(土)03時21分12秒
  2009年7月10日、第171回国会、参議院本会議における、円より子議員の演説より
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さて、現行法制下では、なぜ、臓器提供が進まなかったのでしょうか。医療機関への支援体制という問題もありますが、やはり、脳死や臓器提供に対する、一般の理解が進んでいなかったからではないでしょうか。

進んでドナーになろうという意思を持つ方がふえない限りは、いかに法制を変えようとも、家族も提供を拒否する可能性が高く、結局、提供はふえないのではないでしょうか。

この法案をめぐっては、国民的関心が高まるなか、国会内外でさまざまな運動、働きかけがございました。

衆議院の採決時には、WHOが推奨する基準との誤解を招きかねないチラシが配布され、
参議院の本会議においては、摘出手術をする際に、筋弛緩剤などを投与することがありますが、生きている方の痛みをとるための麻酔とは異なります、との説明がありましたが、事実に反する、との指摘に対して、委員会では、答弁者から修正がございました。

さらに、長期脳死は、法的脳死判定を経ていない等の発言が、何度も繰り返されましたが、実際には、無呼吸テストを含め、法的脳死判定と同等の内容の脳死判定基準をクリアーした状態でも、30日以上心停止しない、いわゆる長期脳死と呼ばれる例があることが、多くの学会誌で公表されており、発言者御自身がその存在をお認めになりました。

そして、いま一度、議員の皆様にお考え戴きたいのです。

脳死に関する議論、新たな科学的知見などについて、正確な情報を提供しないまま、国民に誤った理解のもとに提供をせまり、迷っているうちに臓器提供に導かれてしまうという状態は、ほんとうに臓器移植を待ち望む患者さんたちの意思にかなうことなのでしょうか。

自分の生をながらえさせたいという思いと、他人の死を待たざるを得ないという思いの葛藤に、揺れ動く患者さんは、ドナーがすべてを正確に知ったうえで、自己決定により、善意で提供してくれる臓器であるからこそ、喜んで受け取れるのではないでしょうか。ドナーに感謝して、その後の新たな人生への一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

これらの点について、現行の枠組みのなかで、積極的に問題点を検討検証し、一年間と期限を区切って、責任をもった解決策を提示しているE案こそが、一見、迂遠なようでありながら、結局は、社会のすべてに受けいれられる案だと、確信をもって、わたくしの賛成討論を終わります。
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2009/07/10. 円よりこ参議院議員の演説
http://terutell.at.webry.info/200907/article_3.html
 

しぶとくがんばる石井みどり議員

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月11日(土)00時09分54秒
  本日7月10日の参議院本会議で、石井みどり議員が、A案を支持する演説をしました。

○石井みどり参議院議員

脳死の議論の際、小児には、長期脳死という問題がたびたび指摘をされています。
脳死状態であっても、髪の毛が伸びる、爪が伸びる、歯が生え変わる、
そして成長を続けていくと言われています。
テレビ等で報道されている、小児の長期脳死事例は、
いわゆる臨床的脳死と診断されているに過ぎず、
臓器移植法において求められる厳格な法的脳死判定に係る検査、
すなわち、無呼吸テストや時間をおいての2回の検査が実施されているわけではありません。
この意味においては、このような状態にある者は法的に死とされているわけではありません。
小児の脳死判定に慎重さが必要であるということは、当然でありますが、
単なる臨床的脳死と法的脳死判定により脳死とされていることは、
区別して議論する必要があるということを、まず指摘させていただきます。
 

親族優先提供についての質疑

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月10日(金)20時10分12秒
  7/9の質疑から、再録です。

○森ゆう子参議院議員

仮に、臓器提供を待っている場合や、相続を待つ利害関係がある場合、
法務省にうかがいますが、提供する旨の意思表示を、詐欺、または脅迫により強制、
あるいは拒否の意思表示があったことを隠蔽したら、
臓器提供や相続が受けられなくなる、そういう可能性はあるでしょうか。


○法務大臣官房審議官

相続人の欠格事項を定めております民法891条第1号を見てみますと、
故意に、被相続人または、
相続について、「せんじゅいん」、または「どうじゅいん」にあるものを、
死亡するに至らせ、または至らせようとしたために刑に処せられた者、
この者が相続人になることはできない、と規定されております。
したがいまして、ただいま、委員の御指摘にありましたような、
詐欺または脅迫により、臓器を提供する旨の意思表示させたこと、
あるいは提供を拒否する意思表示をさせなかったこと、のみをもっては、
相続人の欠格事由には当たらない、ということになろうかと思いますが、
さきほど御紹介申し上げました、891条第1号に定める要件に該当するような場合には、
相続人となることはできない、という余地はあろうかと思います。


○森ゆう子参議院議員

親族に対する優先提供の規定があるわけですね。
これがあると、本人の生前の書面の提供意思表明がなくても、
家族の同意だけでできる。しかも親族に対する優先提供がある。
このことが、疑念を抱かせるわけでございます。
これは非常に大きな問題でございますが、
民法や商法などでは、利益が衝突する関係がある場合は、
利害関係人、あるいは当事者について、
権利行使を制限する規定がおかれておりますが、
本人の利益の保護という観点は、非常に重要であると思います。
他の法律で利害関係がある場合には制限している例にはどのようなものがあるのか、
特に親族優先規定を入れる場合、現在の民法等の取り扱いにかんがみますと、
利害関係のある者は、承諾権者からはずすべきとは考えられないか、
法務省にうかがいます。


○法務大臣官房審議官

ただいま、民商法のおはなしがございましたが、
民法におきましては、双方代理、あるいは利益相反行為を
原則として禁止する規定をもうけてございます。
民法108条におきましては、自己の法律行為の相手方の代理人となること、
または、法律行為の当事者双方の代理人となることはできない、
という定めがおかれております。
(略)
臓器提供の承諾権者からはずすべきかという点についても、
法務省におたずねいただいたかのようにおうかがいいたしましたが、
ことの性質上、この点については、
(略)
わたしどもからのコメントは差し控えさせていただきたい。


○河野太郎衆議院議員

A案の親族の優先提供でございますが、
ドナーとなる方が、
生前に、書面で本人が脳死になったときに臓器を提供するという意思を明確にし、
なおかつ、一親等、親、または子、あるいは、配偶者のなかで、
レシピエント登録を既にすませている者を指定している場合に限り、
親族優先提供ができる、としていますので、
本人の意思がなかったときに、のこった遺族が決めるというものでもありませんし、
レシピエントになれるのは、レシピエント登録をしている一親等または配偶者に限る、
ということになっております。



○足立信也参議院議員

A案提出の方々におききしたいのは、脳死は人の死、を前提としているから、
先ほど申しましたように、
心臓死の後は、年齢に関係なく、腎臓角膜は提供できます。
それに、近づけようとしているんだと、わたしは思います。
そういうかたちなんです。
しかし、現行法は、
移植術を受ける機会は公平に与えるよう配慮されなければならないと、
されておりますし、脳死や心臓死は、提供相手を指定できないんです。
そのことと、厚労省のガイドラインでは、
生体移植は、移植医療としては例外的である、
生体移植の場合は親族優先権を認めている。
つまり、脳死は人の死であるという前提に立ちながら、
矛盾したかたちになっていると思います。
生体で認められている親族優先権を認め、
なおかつ、死体で認められている家族の決定権を認める。
ここはやっぱり、わたくしは、矛盾があるんだと思っているんですが、
そこのところの説明をお願いします。


○富岡勉衆議院議員

我々は、親族への優先提供の意思表示を認めることは、
従来の優先順位のありかたを変更するものである、
公平性の原則に反する、との批判は、充分承知しております。

しかし、自分の臓器は身近にいる親族に提供したい、
という声があるのも、事実でございます。
それは、御指摘あった生体移植の場合もそうでございます。

生活を共にするなかで、強い信頼と情をはぐくんできた家族には、
少しでも長く生きてもらいたい、
と願うことは人が持つ自然の心情として充分に理解できます。
そして、このような心情は、
移植医療がよってたつ人道的精神の根幹に関わるものであり、
考慮されてしかるべきではないかと考えております。

それゆえ、親族に対する優先提供の意思表示は、強い絆で結ばれた家族として、
自然に持つ心情への配慮を理由に、これを認めたところであります。

なお、A案では、臓器提供が認められる場合として、
現行法の、本人の書面による意思表示がある場合に加えて、
本人意思が不明であっても、遺族の書面による承諾があるときにもこれを含める、
としているのであって、
A案においても、臓器提供は本人の意思に基づいておこなわれるという、
現行法の原則を否定しているわけでは、決してありません。
よって、たとえ、親族への優先提供という、
本人の意思を現行法以上に尊重する制度を、
同時に設けたとしても、
両者が矛盾するということにはならないものと、我々は考えております。


○足立信也参議院議員

わたしは矛盾だと思いますが、気持ちはわかります。
 

てるてるさん

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 7月10日(金)14時16分3秒
  情報ありがとうございます。

移植を受ける権利というのは、今回の一連の委員会で、他の方からも出た言葉じゃないかなという気がします(記憶があいまいですが)。それはどういう権利なのか、ちゃんと考えておいたほうがいいですよね。

「迷う自由」の重要性についても、同様。
 

亀井亜紀子議員のホームページ

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月10日(金)13時32分18秒
  亀井亜紀子参議院議員のホームページに、7月7日の質疑の議事録が載っています。
森岡さんとのやりとりはありませんが、参考になると思います。

亀井亜紀子のホームページ | 陽の当たる島根へ
http://akiko-kamei.home-p.info/
2009年7月7日(火)厚生労働委員会質問議事録
 

RE:移植を受ける権利

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月10日(金)13時27分26秒
  >森岡さん

確認しました。

○富岡勉衆議院議員

わたしたちは、この、脳死は人の死だ、というのを、
この法案のなかで定義づけようとは、思っておりません。
これは、権利の復活の法律だと、御理解いただければいいかと思います。

すなわち、臓器を受けたい、あるいは、臓器をあげたい方、
15歳以下の方たちの権利が、現行法にはない、ということが、
最大の、この法案を提案した理由でございます。

ただ、その前提となる考えは、われわれA案提案者のなかでは、
脳死は、もう、人の死として、認めてもいいのかな、
世論的には、いろいろな数値が出ているのが、再三、申し上げているところでございます。
したがいまして、それが、死の定義を、根底からくつがえすような影響を及ぼすとは、
私は思っておりません。
したがいまして、この法律が通って、徐々にではありますけれど、その考え方が、
国民のなかにいろんな考え方があることは存じ上げておりますので、
少しずつ、変わっていくかもしれません。
それは、わたくしも、否定はしないところであります。
ただし、この法律を出さしていただいた、最大の提案の理由は、
権利の復活という点であることを御理解いただきたいと思います。


○亀井亜紀子参議院議員

権利の復活という言葉は、初めてうかがいましたけれども、
それは誰の権利であるのか、という問いになると思います。
結局、これは、臓器提供というひとつの行為、ある事象を、
どこの視点から見るかによって、まったく、解釈が違ってまいります。
それを、ドナー側から見るか、レシピエント側から見るか、
どっちの権利を重く見るか、によって、結論が違ってまいりますから、
A案の提出者と、E案の提出者、その結論の違い、論点の違いは、
どこの視点から見るかということに尽きるんだろうと思います。
 

RE:迷っていること

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月10日(金)12時17分56秒
  >森岡さん

これについては、以前、この掲示板でもご紹介した、以下のブログの内容が、非常に参考になると思います。

Aut disce aut discede
http://d.hatena.ne.jp/vvvfigbt/20090705/1246730128
2009年07月05日■本当にA案でいいのか
 

議員さん、本当にポイントを理解しました?

 投稿者:シベール  投稿日:2009年 7月10日(金)10時03分50秒
  私は、共産党は支持しませんが、小池議員の質問の妥当性は明らかだと思う。脳死を一律にひとの死とする根拠として、内閣府の調査結果を根拠としているが、それは国民がの脳死判定の難しさや長期脳死を説明されていない時点での結果であり、それを説明した上で、調査をしなおすべきである。また、臓器移植をヒトの死とするなら、11条の脳死判定され移植拒否した人が医療を受ける権利は、他の法律との整合性の点で問題が起きないか、また、医療現場で混乱を起こす可能性などがある。また、今回ようやく、国民だけでなく議員にでさえ、議論のポイントが分かってきたような状態で、間髪をいれずに採決してしまうのは、禍根を残すと思う。また、脳死判定をする有資格者に関しても、他の制限条項もあるが、その中で、「救命救急センターとして認定されている施設」というのは緩い制限で、不安がある。  

移植を受ける権利

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 7月10日(金)00時38分36秒
  てるてるさん、移植を受ける権利(臓器を受ける権利)という言葉、出てました?

この、移植を受ける権利、って、ほんとうにそんなものあるんでしょうか? それいったい何?

・臓器移植が法制化されている国では、「移植医療にアクセスする権利」はあると思います。

・でもそれは、「移植を受ける権利」ではないでしょう?

移植を受ける権利って何を言いたいのかな? 「私は誰かの心臓を自分に移植させる権利がある」って?
 

山内議員自己矛盾

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 7月10日(金)00時29分16秒
  てるてるさんによる、A案支持の山内議員の答弁:
________________
A案は意思表示を強制するものではない、
迷っている場合は臓器提供がおこなわれることはない、
迷っている方の権利も保障される、
選択していない人、迷っている人が、臓器提供に直面する場面では、
家族が本人の意思を尊重するものと思われる、
迷っている意思を家族と話しておく、という手はある、
_____________

これ自爆してません?

A案でどうやって、迷っている人の権利が保障されるの? 反抗期の高校生が、自分が迷っていることを親に言わなかったとき、親が「うちの子は移植を望むようないい子だったんです!」とか言ったらどうなるの?
 

迷っていること

 投稿者:森岡正博  投稿日:2009年 7月10日(金)00時22分46秒
  てるてるさん、いつも情報ありがとうございます。助かってます。

丸川議員、そういう発言をしていたのですか。でも、もしほんとうに「迷っていること」を大切にするのなら、現行法のスタイルしかないんですよね。ドナーカードに迷っていると書けということは、「ドナーカードに迷っていると書いて所持していない者は、迷っているとはみなさない!」ということですから。みんなが迷っていることを家族に言うわけはない。反抗期の高校生が、親に言いますか?家族に言いますか? 丸川議員は、ご自分の意見に忠実になれば、現行法支持をしなくてはならなくなると私は思います。(丸川議員は何案支持でしたっけ?)
 

迷っていることの意思表示

 投稿者:てるてる  投稿日:2009年 7月 9日(木)23時07分33秒
  本日の午前中の参議院での質疑より。

丸川珠代参議院議員が、森岡正博さんの参考人質疑をとりあげていました。

〔ドナーカードを持っていない人というのは、持たないことによって、何かの意思表示をしていると思うのです。
そのうちの多くの人々は、迷っているのです。
この、迷っていることを尊重すべきだと、私は思います。
我々には、脳死が人の死かどうか、臓器を摘出すべきかどうかについて、迷う自由があります。
この迷う自由を人々から奪ってはなりません。〕

という発言を受けて、

臓器提供意思表示カードに、迷っている意思表示ができないか。
臓器提供をする、しない、どちらの自己決定も尊重される環境が
整ってはいないのではないか、という懸念がある。
迷う、という選択肢を残しておくほうがいいのではないか。

と質問しています。

それに対して、A案提出者のひとりの山内衆議院議員は、

A案は意思表示を強制するものではない、
迷っている場合は臓器提供がおこなわれることはない、
迷っている方の権利も保障される、
選択していない人、迷っている人が、臓器提供に直面する場面では、
家族が本人の意思を尊重するものと思われる、
迷っている意思を家族と話しておく、という手はある、

と答えています。

丸川珠代議員は、

迷っているということを示す方法があれば、そこからまた、次の臓器移植への理解が深まると思う、

と返しています。
 

以上は、新着順91番目から120番目までの記事です。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 
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